COLUMN/INTERVIEW

【ライヴ・レポート】ノラ・ジョーンズ、5年半振りの来日公演

文:内本順一

Photo credit: Masanori Doi


10月11日の札幌文化芸術劇場 hitaruから18日の東京・日本武道館まで全6公演が行われたノラ・ジョーンズの5年半ぶりとなるジャパン・ツアー。自分は14、16、18日の日本武道館3公演を観たのだが、デビュー年の2002年以来プロモ来日時のショウケース含めて東京(及び横浜)公演の全てを観てきたなかで今回がベストだと断言できるほど素晴らしかった。終わって数日経った今はノラ・ロス状態で、早くまたライブを観たいという気持ちになっている。

何がどう素晴らしかったのかを書いていこう。まず音響。今回の来日公演が発表されたとき、「武道館かぁ。できればジャズクラブのようなところで観たかった」といったツイートをいくつか目にした。気持ちはわかるが、正直まだそんなこと言っているのかとも思った。ノラ・ジョーンズは2ndアルバムを出した翌2005年(2度目の来日公演時)に初めて武道館公演を行なって以来、2012年には2日間、2017年には3日間連続で武道館公演を行なっている。つまり日本でのホームと言っていいくらい、そこはノラにとってやり慣れた会場であり、音がどう響くかをわかっている。それ以前の話としてノラはもう20年もライブ活動を中心にキャリアを重ねてきたミュージシャンであり、小さなクラブから大きなホール、屋内のみならず屋外含めた様々な環境で演奏してきた。故に会場の大きさによって自分の声とピアノとバンド音がどう響くかを経験的に把握できる。ノラだけでなくドラムのブライアン・ブレイドもそうだが、箱鳴りを熟知しているのだ。よって、我々は武道館のような構造のハコでも、ジャズクラブで聴くのとそう極端に変わらないくらい歌と音を近くに感じることができる(もちろんアリーナで聴くのと2階で聴くのとでは差があるが)。武道館のような広さでも、親密さが感じられる。そういう音の響かせ方が、ノラにはできる。それは2017年の公演でも思ったことだが、これまでの日本公演で最もミニマルな編成で行なわれた今回、より強く感じたことだ。ノラのピアノとヴォーカルの豊かな響き、それに寄り添うバンド音の響き。決してラウドではなく、細やか故に説得力と味わいのある最良の音で鳴っていた。

 


照明と背景のあり方もそのような音響と同方向にあった。派手に目立つ装飾めいた何かはないのだが、後ろに並んだ照明の色が音のトーンによって孔雀の飾り羽のように黄色、緑色、藍色にと変化した。黒色を主体としたノラの衣装にも演奏曲のトーンにも孔雀の羽をモチーフにしたのであろうそれがよく合い、深みある美しさを表わしていた。

今回のバンド・メンバーは、今年6月から8月にかけて行なわれたアメリカ・ツアーに引き続き、ブライアン・ブレイド(ドラムス)、クリス・モリッシー(エレクトリックベースとウッドベース)、ダン・アイード(エレクトリックギターとペダル・スティール・ギター)の3人。招聘元であるUDOのウェブサイトに来日直前のノラのインタビューが載っており、そこに「今回は本当に素晴らしいバンドと一緒なの。どんどん進化している。このバンドと一緒に演奏することはとても特別だと思う。本当に“生きている”生のバンドなの」という言葉があったが、それはアメリカ・ツアーを行なった上でのノラの実感であり、我々はまさしく「どんどん進化している」最中のバンドを観ることができたわけだ。とりわけ観客たちの注目を集めたのがブライアン・ブレイドの恐るべきテクニックに裏打ちされたドラムで、「ブライアン・ブレイドの動きばかり観ていた」「半分以上はドラムを聴いていた」など彼のプレイを絶賛する感想ツイートも多く見られた。ブライアン・ブレイドはノラ・ジョーンズのデビュー作以来ずっと欠かせないドラマーだが、そういえば日本公演で共に演奏する姿を観る機会はなかった故、確かにその独特の動きには目を見張るものがあったし、「ブライアンは歌詞をなぞるように演奏するドラマーで、ものすごいグルーブを感じるの」と以前話していたノラの言葉が思い出されもした。

 


そんなブライアンと息を合わせてリズムを生み出していたベーシストは、ミネアポリス出身で、現在はブルックリンを拠点に活動するクリス・モリッシー。マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテットの一員でもある彼はノラをよく見て、エレクトリックでもウッドでも歌に最良の形で寄り添っていた。と同時に、ノラのピアノの位置に最も近い場所に立つ彼は、ノラの指示を残るふたりに伝える役割も果たしていた。

 


ギターのダン・アイードはヴァレリー・ジューンやクアドロンの作品にも参加してきたニューヨークのミュージシャンで、2017年のノラの来日公演ではAloysius 3(ザ・キャンドルズのメンバーであるオルガンのピート・レムとドラムのグレッグ・ヴィツォレク、そしてダン・アイードの3人よるインディーロック系バンド)としてオープニングアクトを務め、本編の数曲にもペダル・スティール・ギターで参加。今回は(日によってではあったが)あのとき以上にペダル・スティールが肝となった曲が多く、現バンドのサウンドを特徴づけていた。

 


主役のノラはといえば、大半の曲をステージ向かって左に置かれたピアノを弾きながら歌い、各日とも中盤の2曲だけはステージ中央でエレクトリックギターを弾きながら歌った。アコースティックギターを弾く場面は、今回はなかった。ステージ向かって右側にはエレクトリックピアノも置いてあったのだが、武道館3公演のなかでそれを弾いたのは14日のオープナー「ジャスト・ア・リトル・ビット」のみ。『ビギン・アゲイン』のリード曲だったこの曲は全日共通のオープナーとなっており、まずは登場したノラがピアノもギターも弾かずに中央で歌い(立って歌うだけのノラを観たのは初めてのことだ!)、曲の途中で14日はエレクトリックピアノへと動いたのだが、16日と18日はピアノへと動いた。そのへんは、その日のノラの気分によるのだろう。



ノラの歌唱の深みはまた一段と増していた。2017年の日本公演を観たあとにも同じような感想を自分は書いているが、そこから5年半でさらに艶と深みが増した印象だ。声質そのものからしてデビューから10年目くらいまでとは大きく異なる。特に低音が太くなり、ブルージーな曲やソウルフルな曲でそれがよく活きる。声質そのものの魅力は昔からよく語られることだが、ナマで観る(聴く)度に思い、とりわけ今回強く実感したのは、声のコントロール力だ。端的に言って昔とは比較にならないくらいに歌が上手くなっている。決してピッチを外さないのはもちろんのこと、低いところからファルセットへの移動の仕方には色気すら漂わせる。曲によって柔らかにもなれば毒を含んだ歌いまわしにもなり、細やかにも、ふくよかにもなる。昨年インタビューした際、「歌い方について、あまり考えたりはしない。だから、時間が経つうちにそういう歌い方ができるようになっていったってことなんでしょうね」と話していたが、つまりそれは20年の経験のなせる技ということだろう。

今回のジャパンツアーは新作を携えてのものではなく、20周年のアニバーサリー的意味合いも含んでいた故、演奏曲はこれまでのアルバムから満遍なく選ばれたものだった。但しセットリストは武道館の3日間だけでもずいぶん変わっていた。日によってセトリを変えるのは今に始まったことじゃないが、今回14日と16日では半数もの曲をごっそり変えてきたことに驚かされたし、18日にも14・16日にやらなかった曲を入れてきた。武道館3日間とも演奏されたのはオープナーの「ジャスト・ア・リトル・ビット」と、前半の「ホワット・アム・アイ・トゥー・ユー」「サンライズ」と、後半の「ヤング・ブラッド」と、オープニングアクトを務めたロドリゴ・アマランテとのデュエット「フォーリング」と、終盤の「カム・アウェイ・ウィズ・ミー」「ドント・ノー・ホワイ」「ナイチンゲール」くらいだったか。このうち、「サンライズ」「カム・アウェイ・ウィズ・ミー」「ドント・ノー・ホワイ」は言わばノラの代表曲であり、日本でも多くの人にとって耳馴染みのある曲である故、全日演奏するのもよくわかるが、4thアルバム収録の「ヤング・ブラッド」を今回のショーの要となる1曲として組み込んできたのは、これまでのライブであまりやらずにいた曲だっただけに意外だったし、嬉しかった。



大ヒットしたデビュー作『ノラ・ジョーンズ(Come Away With Me)』から20年が経ち、そのスーパーデラックスエディションが出た年でもある故、そこからの曲を終盤のいい位置に固めた意図はよくわかった。実際、観客たちの反応も、1stアルバムからの曲群が飛びぬけてよかった。しかし、そうしたピアノ曲とは真反対にある側面も見せるべく、次に多く選ばれていたのが5thアルバム『リトル・ブロークン・ハーツ』からの曲だったことに、あの作品に対するノラの思い入れの強さを感じた。デンジャー・マウスをプロデューサーに迎えて制作されたインディーロック色の強いそのアルバムは、ノラの全作品のなかでも異色だが、そこから14日にはエレクトリックギターで「オール・ア・ドリーム」を、16日と18日にはエレクトリックギターで「リトル・ブロークン・ハーツ」を演奏。16日には後半のいい場所で「ハッピー・ピルズ」を演奏し、18日にはやはり後半のいい場所で「セイ・グッバイ」も演奏された(17日の大阪公演では「グッド・モーニング」と「トラヴェリング・オン」も演奏されたようだ)。「リトル・ブロークン・ハーツ」や「オール・ア・ドリーム」の演奏が醸し出すムードは妖しくて枯れていて退廃的。わけても「リトル・ブロークン・ハーツ」でノラがガシャガシャと弾くギターが鳥肌立つほどかっこよく、しびれた。世の中でどのくらいの人がこのアルバムを好んでいるのかわからないが、自分はジャジーなノラの世界と同じくらい、このアルバムのどんよりしたインディーロック傾向の世界観が今でも好きなので、そこからの曲がどれも強度を伴って響いてきたことを嬉しく思った。



全日のオープニングアクトを務めたロドリゴ・アマランテをスペシャル・ゲストとして呼び込んで演奏された「フォーリング」は、今回のツアーのハイライトと言っていいものだったんじゃないか。ロドリゴ・アマランテは、ブラジルはリオデジャネイロ出身のシンガー・ソングライター(ギタリスト/フルート奏者)。ノラは2019年に彼をフィーチャーした2曲を配信リリースし、そのうちの1曲が今回全日で歌われた「フォーリング」だ。1番ではノラの歌をロドリゴの歌が追いかけ、2番ではロドリゴの歌をノラの歌が追いかける構成のこの曲は、音源で聴く以上にロマンチックで、奥行きがあって、うっとり聴き入ってしまうものだった。ふたりの歌の合わさりは心に深く染み渡り、だから14日に聴き終えた後、できればもうひとつのデュエット曲「アイ・フォーガット」も歌ってほしいと思ったものだったが、16日の公演でそれが叶った。アンコールでもう一度ロドリゴも登場し、ふたりでそれを歌ったのだ。「ワビサビ」「モノノアワレ」といった日本語も出てくる曲である故、それが日本公演で歌われるのを相応しく思ったし、今回の日本ツアーにロドリゴが同行してくれたのは我々観客にとって本当にラッキーなことだったなと改めて強く思った。



最終日には3rdアルバムから「ロージーの子守歌」が歌われもしたが、なんといってもこの日は『デイ・ブレイクス』から「トラジェディ」を演奏してくれたのが嬉しかったし、曲の終盤で高いところへ一気にあがる瞬間のノラの声の跳躍力が見事だった。

バンドが変わればアレンジが変わるのも当然と言えば当然で、今回の大半の曲に新アレンジが施されていたが、聴き慣れた曲でもイントロを聴いている段階ではそれとわからないくらい大きく変えられていた曲もいくつかあった。例えば2ndアルバムの「ホワット・アム・アイ・トゥー・ユー」と「サンライズ」。1stアルバムの「カム・アウェイ・ウィズ・ミー」と「ドント・ノー・ホワイ」と「ナイチンゲール」。「ホワット・アム・アイ・トゥー・ユー」のノラの歌い回しはかつてのそれよりソウルフルだったし、「サンライズ」は「ウ~ウ~ウ~ウ~」の繰り返し部分をグッとテンポを落としてじっくり聴かせた。「カム・アウェイ・ウィズ・ミー」のイントロのピアノ音はフワフワと羽が舞うようなイメージのものだった。なかでも大胆に変えられていたのが代表曲中の代表曲「ドント・ノー・ホワイ」で、なんといきなり「My heart is drenched in wine」(私の心はワインまみれ)というサビにあたるところからア・カペラっぽく歌い始め、その後改めてAメロに戻って再スタートするというあり方だった。これが非常に新鮮で、尚且つ絶品。当然、多くの観客の拍手の音が最も大きくなった瞬間だった。14日と16日は「カム・アウェイ・ウィズ・ミー」からのこの「ドント・ノー・ホワイ」で本編が終り、スタンディングオベーションとなって、それがアンコールに繋がった。その両日はアンコールで「ナイチンゲール」をやった。最終日はここの順番が変わり、「カム・アウェイ・ウィズ・ミー」のあと「ナイチンゲール」で本編を締めて、アンコールで「ドント・ノー・ホワイ」がきた。どちらの順番もそれぞれによかったが、最終日の「ナイチンゲール」はダン・アイードの間奏の幽玄なギターソロがほかの日よりも長く、ノラのピアノの強さと次第に盛り上がっていく様もまたほかの日より際立っていた。加えてこのジャパン・ツアー最終日の最後を「ドント・ノー・ホワイ」で締めたのはやはりドラマチックであったし、デビュー20周年に相応しいことだと思えた。

 


デビューから20年という月日のなかで世に出たどの曲も風通しがよく、新たな息吹を感じさせた。古くならない、というよりは、ノラがそれを古くしない。ノラの進化と声の変化が楽曲そのものも成長させている。3日間通して、そのような印象を強くもった。この先また、ノラは、楽曲たちは、どんなふうに進化していくのだろうか。満足感でいっぱいになりながら、そんなことも考えた。


■リリース情報
ノラ・ジョーンズ AL『アイ・ドリーム・オブ・クリスマス【デラックス・エディション】』
UCCQ-1171/2 2SHM-CD ¥3,520(tax in) 10月21日発売
https://NorahJones.lnk.to/Christmas_DeluxePR

収録曲目:
【Disc 1】
1. クリスマス・コーリング / Christmas Calling (Jolly Jones) (3:20) 
2. クリスマス・ドント・ビー・レイト / Christmas Don't Be Late (2:40) 
3. クリスマス・グロウ / Christmas Glow (2:45) 
4. ホワイト・クリスマス / White Christmas (3:05) 
5. クリスマスタイム / Christmastime (4:00) 
6. ブルー・クリスマス / Blue Christmas (3:25) 
7. イッツ・オンリー・クリスマス・ワンス・ア・イヤー / It’s Only Christmas Once A Year (2:04) 
8. ユーアー・ノット・アローン / You’re Not Alone (3:52) 
9. ウィンター・ワンダーランド / Winter Wonderland (3:33)
10. ア・ホリデイ・ウィズ・ユー / A Holiday With You (2:40)
11. ラン・ルドルフ・ラン / Run Rudolph Run (3:12)
12. クリスマス・タイム・イズ・ヒア / Christmas Time Is Here (3:45)
13. ホワット・アー・ユー・ドゥーイング・ニュー・イヤーズ・イヴ? / What Are You Doing New Year’s Eve? (4:04)

【Disc 2】
1. ラスト・マンス・オブ・ザ・イヤー / Last Month of the Year (2:51)
2. アイル・ビー・ホーム・フォー・クリスマス / I'll Be Home for Christmas (4:10)
3. ザ・クリスマス・ワルツ / The Christmas Waltz (3:17) ※
4. オー・ホーリー・ナイト / O Holy Night (2:15)
5. アイ・ドリーム・オブ・クリスマス / I Dream of Christmas (3:22)
6. ハヴ・ユアセルフ・ア・メリー・リトル・クリスマス / Have Yourself A Merry Little Christmas (4:16) ※
7. クリスマス・イン・マイ・ソウル / クリスマスタイム (4:49) *
8. ラン・ルドルフ・ラン / Run Rudolph Run (3:16) *
9. ブルー・クリスマス / Blue Christmas (3:46) *
10. ユー・アー・ノット・アローン / You're Not Alone (3:38) *
11. クリスマス・コーリング / Christmas Calling (Jolly Jones) (3:15) *

※スタジオ新録音源
* エンパイア・ステート・ビルディングでのライヴ・パフォーマンス音源