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ロンドンの音楽シーンに深くコミットしたシャバカ・ハッチングスもメンバーの一人、ザ・コメット・イズ・カミングの3rdアルバム The Comet is Coming 『HYPER-DIMENSIONAL EXPANSION BEAM』


©Portrait by Fabrice Bourgelle. Edit and graphics by Veil Projects



文:佐藤優太

筆者は昨年9月から今年7月までの1年弱、ロンドンに住んでいた。滞在の目的は留学だったが、その合間にはジャズやロックのライヴにも、時間が許す限り通った。

その間、シャバカ・ハッチングスを見かけた回数は、覚えている限りで4回。うち3回はステージ上の姿で、1回はフロアでの姿だった。彼の出演するライヴを意識的に追いかけていたわけではないのだが、気がつけばいつも彼はそこにいた。

ロンドンで最初にステージ上の彼の姿を見たのは、2021年10月。彼のレーベル〈Native Rebel〉からCoN&KwAkE名義での新譜もリリースしたクウェイク・ベース率いる“Speakers Corner Quartet”というジャム・ユニットのライヴに、サンズ・オブ・ケメットのメンバーとしてシャバカはゲスト出演した。

次に彼を見たのは12月。ロンドンを拠点に、主に10代のマイノリティの若者にジャズの無料クラスを提供しているチャリティ機関、Tomorrow’s Warriors(以下TW)の活動30周年を祝すコンサートでのことだった。自らも10代の頃、TWで学んだシャバカは、ヌバイア・ガルシアやセオン・クロスらとともに“TWオール・スターズ”の一員として出演。同コースの現役生たちとのセッションも繰り広げた。

2022年5月には、ロンドンの「Wide Awake Festival」にコメット・イズ・カミングとして出演する彼を見た。プライマル・スクリームがトリを務め、どちらかと言えばロックやクラブ系の出演者が多かったこのフェスでも、コメット・イズ・カミングのフロア・オリエンテッドでサイケデリックな演奏は、ばっちりハマっていた。

最後にシャバカをロンドンで見たのは今年6月。イースト・ロンドンのハックニー・ウィックというエリアにあるColour Factoryというヴェニューで、フランス出身のジャズ・ミュージシャン、Neue Grafikaが毎週月曜日に開催している〈Orii Jam〉というジャム・セッションでのことだった。この時だけはステージ上の姿ではなく、フロアにたたずんで演奏を見つめている時の姿だったが、楽器を片手に自分の出番をうかがってフロアを右往左往する他の若いミュージシャンたちが、シャバカに向けていた敬意や憧れをまとった視線は印象的だった。(余談だが〈Orii Jam〉をはじめ、筆者がロンドンで観たセッション系のイベントでは、必ずセット間にハウスやダンス・ホール系のDJが出ていて、ジャズとダンス・ミュージックのシームレスな連動という意味で、コメット・イズ・カミングのようなプロジェクトが生まれる文化的な土壌の特性を感じた。)



こうして改めて振り返っても、全てが別の名義やシチュエーション。今のロンドンに住んでいてジャズのライヴやフェスティバルを行き来していれば、シャバカに出くわさない方が、むしろ稀かもとも思えてくる。そう考えると、この遭遇率は逆説的に、今の彼がどれだけ深くロンドンの音楽シーンにコミットしているのかを示すものだと言える。コメット・イズ・カミングで彼が冠する “キング”というあだ名は(最初は冗談半分だったのかも知れないが)2022年のロンドンにおいては、ほとんど文字通りの意味で捉えることができる。

もちろん本稿の主役であるザ・コメット・イズ・カミングは、シャバカだけのユニットではない。ともにSoccer96というダウンテンポ/エレクトロ系のデュオのメンバーでもある、ダナログ(シンセサイザー)とベータマックス(ドラムス)、そしてシャバカ(サックス)という3人が、平等に主導権を握って音楽制作やライヴを展開しているのが、ザ・コメット・イズ・カミングだ。



 Soccer96は、2012年にセルフタイトル作でアルバム・デビュー。その後もコンスタントにリリースを重ねており、過去には元CANのヴォーカリストのダモ鈴木とも共演する。あるいは、今年リリースした最新アルバム『Inner Worlds』では、フライング・ロータス率いる〈Brainfeeder〉から自作を発表しているサラミ・ローズ・ジョー・ルイスや、ロンドンを拠点に活動するシンガーソングライターのロジ・プレインといった音楽家をゲストに招いている。その人脈からも分かる通り、Soccer96の作品からはジャズの要素と同時に、プログレッシブ・ロックやインディ・ロックからの影響も頻繁に聴こえて来る。



一方のシャバカは、TWの卒業後は、ロンドンの名門=ギルドホール音楽演劇学校に進学。高度なジャズの訓練を通して培った技術力やセンスを糧に、サンズ・オブ・ケメットやソロ・プロジェクトでは、自らの文化的なルーツに向き合った作品も多く発表している。恵まれた体躯から繰り出されるハイテンポなパッセージや伸びやかなトーンは、単純な迫力という点だけで言っても、筆者が観た全てのステージにおいて、他の共演者たちから抜きん出る“華”があった。



そんな3人が化学反応を起こすコメット・イズ・カミングの音楽からは、とにもかくにも、まずはハイパーなエネルギーやテンション感が伝わってくる。その印象は彼らの3rdアルバムとなる『Hyper-Dimensional Expansion Beam』でも変わらない(それにしても「超次元的拡張光線」とは、すごいタイトルだ……)。



新作は、ピーター・ガブリエルがイギリスのバス地方で運営するリアル・ワールド・スタジオ(フォールズやビンカー・アンド・モーゼスなど、このロックダウン期間中に多くのアルバムが録音されたスタジオでもある)で4日間かけてレコーディング。その素材を、ダナログとベータマックスが持ち帰りエディットを施した上で完成した。実際に音源を聴いてみると、5月の『Wide Awake』での演奏時には、互いに競い合って観客を駆り立てているかのような印象さえ受けたダナログ&ベータマックスのダンサブルで直線的なグルーヴとシャバカのパワフルなプレイとが、一体感のある音響作品へと昇華されていることがよく分かる。

その結果、完成したアルバムは、3枚のリリースを重ねて落ち着きを増すどころか、むしろハイパーなエネルギーを放出する作品に仕上がった。パンデミックのロックダウンの期間を経て、溜まりに溜まったリスナーのダンスへの欲求に、正面から応えようとするかのような、潔ささえ感じるアルバムだ。



もちろん、ザ・コメット・イズ・カミングの作品に特徴的なSF的なモチーフやコンセプトは今作にも引き継がれているし、前述のエディットの妙の部分でも聴き込みたくなるアルバムでもあるのだが、それでもなお、まずはダンス・アルバムとしての強度という点から楽しみたい作品だと、ここでは強調したい。名実ともにロンドンのジャズ・シーンの“キング”へと上り詰めていくシャバカが、自身の肝煎りのプロジェクトで魅せるパワフルで宇宙的なダンス・アルバム。そのサウンドは、来たる12月の来日公演へ向けての最高のイントロダクションでもあるはずだ。


(作品紹介)
ザ・コメット・イズ・カミング AL『HYPER-DIMENSIONAL EXPANSION BEAM』
Digital & Imports発売中 
※日本盤11月25日発売 UCCI-1053

https://TheCometIsComing.lnk.to/HDEBPR