COLUMN/INTERVIEW

【DIGGIN’ THE VINYLS Vol.13】 Dr. Lonnie Smith / Breathe

Dr. Lonnie Smith / Breathe


(文:原田 和典)

今年の3月26日、ドクター・ロニー・スミスの『ブリーズ』がCDと配信でリリースされたときには喜びの声をあげた。一部2017年の演奏が入っているとはいえ、まだまだやるぞという声が聞こえてきそうなほど活気みなぎる内容にホッとさせられた。が、その半年後に飛び込んできたのは訃報だった(現地時間の9月28日に死去)。『ブリーズ』は“最新作”から“遺作”になった。

死から早くも3か月、今度は『ブリーズ』が2枚組LPとして、ここにある。しかもCDに収められていなかった名曲「ム―ヴ・ユア・ハンド」の再演を追加した全9トラック入り。ロニーの未発表演奏を聴ける興奮と、それでもやっぱり彼はもうこの世の人ではないのだという、複数の気持ちが混濁しているのがいま現在の筆者の正直なところだ。重量盤レコードは、まるでターンテーブルに吸い付くかのよう。針をおろすと、“ハモンドB-3オルガンのカリスマ”ロニーの炸裂するアドリブ・フレーズや、左手が生み出すカッチリしたベース・ラインが、溝の中から勢いよく解放されてゆく。



『ブリーズ』は二種の吹き込みで構成されている。ひとつが先に触れた、2017年収録のテイク。ニューヨークのジャズ・クラブ「ジャズ・スタンダード」(惜しくも2020年12月、コロナ禍により閉店)で行なわれた特別ライヴ“75thアニヴァーサリー・セレブレーション”からのセレクションである。このアニヴァーサリーで披露されたジョナサン・クライスバーグ(ギター)、ジョナサン・ブレイク(ドラムス)とのレギュラー・トリオによる楽曲はすでに2018リリースの『オール・イン・マイ・マインド』にたっぷり収められたためか、当アルバムではそこにジョン・エリス(テナー・サックス)、ショーン・ジョーンズ(トランペット)、ジェイソン・マーシャル(バリトン・サックス)、ロビン・ユーバンクス(トロンボーン)を加えた7人編成によるパフォーマンスが主体だ。アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズやデイヴ・ホランドのバンドで活躍したベテランのロビンに一切のソロ・スポットが与えられていないのは不思議だが、チャーリー・ハンターのバンドなどで腕を磨いてきたエリスのプレイは随所で炸裂している。ウェイン・ショーターのフレージングを取り入れたウォーン・マーシュがふんわりジャズ・ファンクの乗りに漂っているような感じは、つくづくいつ聴いてもユニークだ。スウィンギー、ファンキー、アグレッシヴと多彩なロニーの作風にメンバーは見事に対応しているが、なにはなくとも聴いてほしいのはB面2曲目の「Track 9」。いきなり尖ったハーモニー、ミステリアスなアンサンブル全開で心をつかみ、やがてバンド一丸となって突進しはじめる。抽象からグルーヴへの移り変わりが実に鮮やか、レス・ブーイやジミー・ノーランがいた時期のジェイムズ・ブラウン・バンドを思わせるギター・カッティングをクライスバーグが行ない、そこにホーン・セクションがもつれ込む。終了後の観客の盛り上がりもすさまじい。



マイアミの名門「クライテリア・スタジオ」で収録された3曲には、イギー・ポップの歌声がフィーチャーされている。そう、パンク・ロックの先駆に数えられる“ザ・ストゥージズ”のエレクトラ盤、デイヴィッド・ボウイがミキシングに関わった『ロー・パワー(淫力魔人)』でロック史に名を刻み、ジャズ寄りのところではジェイミー・サフト~スティーヴ・スワロウ~ボビー・プレヴィットのトリオにゲスト参加した『ロンリネス・ロード』

(17年)も記憶に新しい、あのイギー・ポップである。イギーが当アルバムに参加したのは、フロリダ州のとあるアート・ガレージでロニーの演奏を聴いたことがきっかけだという。「一緒にやりたい!」と即座にロニーを誘い、共演レコーディングが実現することになった。これはブルーノート・レコード現社長のドン・ウォズにとっても大歓迎もののアイデアであったに違いない。ドンはデトロイト、イギーはマスキーゴンと、共にミシガン州の出身であり、ドンが参加しているロック・バンド“ウォズ(ノット・ウォズ)”の『アー・ユー・オーケイ?』(90年)にはイギーがゲスト参加し、ドンは『ブリック・バイ・ブリック』(90年)、『アヴェニューB』(99年。“メデスキ、マーティン&ウッド”も参加)といったイギーの力作をプロデュース。06年10月にはデトロイトで「アン・イヴニング・ウィズ・イギー・ポップ・アンド・ドン・ウォズ」なるジョイント・コンサートも開催された。ドンとロニー、ドンとイギーの友情に、ロニーとイギーのそれが新たに加わったことを『ブリーズ』は物語る。



イギーの歌声が聴けるのはティミー・トーマスのカヴァー「かなわぬ想い」、ドノヴァンのカヴァーでロニーも70年のブルーノート盤『ドライヴス』で演奏した「サンシャイン・スーパーマン」、70年にロニーがブルーノートに録音した人気アルバムの表題曲の再演となる「ム―ヴ・ユア・ハンド」の3曲。「ム―ヴ~」のオリジナル・ヴァージョンではロニーがリード・ヴォーカルをとっているのだが、インタビューの時に彼が言っていたのは、「往年の自分と今の自分は違う」ということだった。具体的には、

●ロニー・スミスからドクター・ロニー・スミスと芸名を改めた

●以前から頭髪を見せるのが大嫌いでいろんな帽子をかぶっていたが、かぶりものをターバンに決定した

●ヴォーカルをやめた

以上が旧ブルーノート・レコーズ所属時代と、それ以降とで大きく異なるところであるという。「ム―ヴ・ユア・ハンド」に関しても、“よくリクエストが来るし、人気曲だとはわかっているけれども、もうとりあげる気はない。なぜなら歌う気がないからだ。ただし良いヴォーカリストがいたら、ぜひ歌ってほしいものだ”と言っていたことを思い出す。

もう歌唱する気のないロニーが、イギー・ポップのクルーナー・ヴォイスをフィーチャーして残した“未発表曲”が「ム―ヴ・ユア・ハンド」だったとは! CDに入っていないこの1曲のためにLPを手に入れるのはよほどのファン以外には厳しいかもしれないが、逆に言えばロニーとイギー双方のディープなファンには断じて必携ものだ。ちなみに“歌わなくなってからの”ロニーの肉声は、2枚目のA面「ピルグリメッジ」(巡礼)のラストで聴くことができる。




(作品紹介)
Dr. Lonnie Smith / Breathe

発売中
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