CLUB ECM

【ライナーノーツ:NEWEST ECM Vol.16】

Marcin Wasilewski Trio / En attendant



文:原 雅明

 マルチン・ボシレフスキ・トリオの始まりは、ポーランドの北西部の都市コシャリンにある音楽高校に通う3人によって1990年に結成されたシンプル・アコースティック・トリオにまで遡る。リーダーでピアニストのマルチン・ボシレフスキが、学校の運動場で思い付いたグループ名に取り立てて意味はなかったという。ただ、この若きトリオは1年後にはデビュー・コンサートを行い、早々にポーランド国内で賞を獲得するほどに注目された。1993年にドラマーのミハウ・ミスキエヴィッツが加わって以降は、彼と、ボシレフスキ、ベーシストのスワヴォミル・クルキエヴィッツのトリオで、30年以上を経た現在に至るまで一度もメンバーを変えることなく活動を継続している。その活動歴の長さはジャズ・ミュージシャンのグループとしては希有であり、まるでロック・バンドのようだ。

 当時まだ18歳だったボシレフスキのトリオに声を掛けたのは、ポーランドを代表するトランペット奏者トーマス・スタンコだった。スタンコが、ボボ・ステンソン、トニー・オクスレイ、アンデルス・ヨルミンとのカルテットでECMへの復帰作『Matka Joanna』(1995年)をリリースした頃だった。次のステップとして、若手のミュージシャンの起用を考えていたスタンコは、60年代からワルシャワで開催されている有名なジャズ・ジャンボリー・フェスティバルのステージで、ボシレフスキのトリオと演奏し、その後も彼らとツアーに出た。当時のボシレフスキらは、大きなステージで演奏する準備が出来ていなかったが、スタンコは明確な指導を殆どすることもなく、すぐに演奏を始めたという。

「簡単に言えば、彼は私たちに一緒に演奏する機会を与えてくれたのです。さまざまなプロジェクト、レコーディング・セッション、ツアー、重要なフェスティバルの大きなステージでの演奏、その中でスタンコは私たちに自由に演奏することを教えてくれました。彼は、音楽を超え、音楽の上を演奏するスペシャリストで、他のミュージシャンとはまったく違う存在です」(※1)
 

 

 スタンコと演奏することで、トリオは数年の内に格段に良くなっていったという。そして、トリオがバックを務めた新生トーマス・スタンコ・カルテットのアルバム『Soul Of Things』(2002年)がリリースされた。ジャン=リュック・ゴダールの描いた絵がジャケットに使われたこのアルバムが、ボシレフスキらのECMデビュー作となった。ソウルフルな要素を静かに表現するカルテットの演奏は、その後のツアーでも評判となり、同じカルテットで『Suspended Night』(2004年)もリリースされた。直後には、トリオのECMデビュー作『Trio』(2005年)もリリースとなった。それ以前にシンプル・アコースティック・トリオの名義でリリースはあったが、マンフレート・アイヒャーが手掛けた録音は、トリオのアイデンティティを確立するものになったという。

「以前は、よりハードで攻撃的な演奏をしていたのですが、それが必ずしも良いか悪いか分かりませんでした。しかし、マンフレートから、もっとソフトに弾いた方がピアノの音が開放的になる場合があることを学びました。つまり、ピアノを強く押し付けない方が、音が丸くなってずっと良かったのです」(※1)

 その軽やかで滑らかなタッチは、以後もボシレフスキのピアノを特徴付けるものとなった。また、『Trio』には5曲のフリー・インプロヴィゼーションが収められていたが、それもアイヒャーの働きかけによるものだという。それまで録音ではインプロヴィゼーションを行なうのは容易ではないと思っていたトリオに対して、スタジオでも自由に演奏できる場をアイヒャー自らが作った。

「マンフレートが実際にスタジオの中で指揮者のように、私たちと一緒に3時間のセッションを行いました。これは本当に珍しい状況で、音楽を邪魔するどころか、むしろ助けてくれたのです」(※1)


 こうして、シンプル・アコースティック・トリオではなく、マルチン・ボシレフスキ・トリオとしての活動が本格的に始まった。ECMからリリースされたトリオのアルバムの中には、スウェーデンのサックス奏者ヨアキム・ミルダーを迎えた『Spark Of Life』(2014年)や、アメリカのサックス奏者ジョー・ロヴァーノを迎えた『Arctic Riff』(2020年)も含まれる。サックスを加えたこの2枚のアルバムは、共に興味深い仕上がりだった。『Spark Of Life』は、ボシレフスキが弟のような存在に感じていたという夭逝したピアニスト、オースティン・ペラルタに捧げた“Austin”から始まる。フライング・ロータスやサンダーキャットとの交流を通じて、新たな歩みを始めた矢先に亡くなったペラルタは、16歳でプロ・デビューしたキャリアも、初期のアグレッシヴな演奏も、早熟だったボシレフスキと共通するところがあった。ポリスの“Message in a Bottle”のカヴァーなど、『Spark Of Life』では初期の激しさとは違うが躍動的な演奏を聴かせた。一方、『Arctic Riff』では、ロヴァーノのテナー・サックスに触発されるようにインプロヴィゼーションが尊重され、フリーでアブストラクトな響きを使った演奏も展開された。なお、この時期、ECMに活動の場を移したロヴァーノとトリオ・タペストリーについては、この連載の『Garden of Expression』の原稿で取り上げている(※2)。


 『Arctic Riff』に続いてリリースとなったのが、トリオの最新作『En attendant』だ。録音自体は、『Arctic Riff』の直前、2019年8月に行われた。どちらのアルバムでも、カーラ・ブレイの“Vashkar”が演奏されているので、対比して聴くこともできる。ポール・ブレイと、スティーヴ・スワロウ、ピート・ラロカのトリオによる『Footloose!』(1963年)以来、さまざまな解釈で演奏されてきた曲だ。特に『Footloose!』の演奏に強く影響を受けたというボシレフスキのピアノは、ブレイのピアノから後のECMのサウンドを探り出すかのように繊細なタッチを繰り返す。クルキエヴィッツのベースが、スティーヴ・スワロウの演奏をアップデートして曲に新たな動きを加えているのも印象的だ。

 『En attendant』では、他にヨハン・ゼバスティアン・バッハのゴールドベルク変奏曲から“Variation No. 25”と、ドアーズの“Riders On The Storm”が演奏されている。これまでも、ビョークやプリンスの楽曲なども取り上げてきたトリオは、原曲の持つ強いグルーヴやハーモニーから骨格となる最小限の要素だけを抽出するようにして、ジャズのフォーマットに落とし込んできた。その丁寧な咀嚼は、長年一緒に演奏してきたトリオが明確な音楽的な言語を培ってきたからだと想像させる。

 アルバムのハイライトは、3曲に分けて収められている“In Motion”だ。どの曲も、即興から構造的な組み立てへと展開されていく。一つのフレーズがトリガーとなって、瞬間的に形を見つけ出していくような演奏だ。そして、調和が表れたかと思うと、また変化を受け入れて、次へと進んでいく。これも、このトリオが長年の共同作業で可能にしてきた演奏だろう。


「これまで、よりオープンに演奏することを躊躇したことはありません。私は、非常にシンプルで叙情的な、調性に基づいたサウンドと、より複雑でクレイジーな無調のサウンドという、両極端なものが好きなのです」(※3)

 トーマス・スタンコとの演奏は、よくオープンな即興にもなり、時には拳で鍵盤を叩いてリズムの連なりを生み出すようなこともあったという。それは、トリオにグループ・インプロヴィゼーションを植え付けた。常に叙情的と形容されてきたトリオは、『En attendant』と『Arctic Riff』で、かつてのスタンコとの演奏に立ち返ったのかもしれない。“In Motion”は、そこからの更なる発展の可能性を感じさせる演奏である。

※1: https://www.allaboutjazz.com/marcin-wasilewski-from-simple-acoustic-trio-to-tomasz-stako-marcin-wasilewski-by-john-kelman.php
※2: https://bluenote-club.com/diary/333965?wid=67716
※3:  https://culture.pl/en/article/lyricism-madness-an-interview-with-marcin-wasilewski


(作品紹介)
Marcin Wasilewski Trio / En attendant
J写
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