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【DIGGIN’ THE VINYLS Vol.9】

ALICE COLTRANE / KIRTAN~TURIYA SINGS 



(文:原田 和典)

アヴァター・ブックス・インスティテュートというヨガ関連の出版社から500本ほど販売されたという“祈りの歌”のカセット・テープが、約40年の歳月を経て、CDと重量盤2枚組LPという2種のフォーマットで初めて公式リリースされた。アリス・コルトレーン(スピリチュアル・ネーム:トゥリヤサンギーターナンダ)のオルガン弾き語り作品『キルタン~トゥリヤ・シングス』、堂々の再登場ならぬ“新登場”である。シンセサイザーやストリングス等がオーヴァー・ダビングされていたカセットとは異なり、今回はアリスのヴォーカルとオルガンのみという、ネイキッドな形での登場。アリスとゆかりの深いインパルス・レーベルから、同社の60周年を記念する目玉商品のひとつとして出たばかりだ。
 


1937年生まれのアリスは、63年ごろインパルスの花形アーティストであるサックス奏者ジョン・コルトレーンと出会い、65年から67年7月17日にジョンが急逝するまで公私にわたるパートナーシップを築いた。68年、自身のプロダクション“コルトレーン・レコーズ”を設立し、最晩年のジョンが残した“もうそろそろ君自身の音楽を発表してはどうか”という言葉を胸に、自身のプロジェクトによる演奏を次々とインパルスに供給。72年まで7枚のオリジナル・リーダー・アルバムを制作した(7月21日にSHM-CDとして全作品が再発)。

その後、旧友ジョー・ヘンダーソンとの『ジ・エレメンツ』、コルトレーン夫妻を敬愛するカルロス・サンタナとの『啓示』制作を経て、76年から78年にかけてはワーナー・ブラザーズから作品リリースを行なった。つまりアリスは『ブリージン』当時のジョージ・ベンソンや『夜の彷徨(さまよい)』当時のラリー・カールトンとレーベル・メイトだった。これは、アリスがセールスの見込めるアーティスト(いわゆる売れ線)として考えられていたことを意味するはずだ。いわゆるジャズのピアノ/ハープ奏者としての活動にはここで一旦ピリオドが打たれる。4人の子育て(ミキakaシータ・ミシェル、ジョン・ジュニア、オラン、ラヴィ)にとても忙しかったであろうし、ヒンドゥ・コミュニティ“ヴェネディック・センター”(75年、カリフォルニア州ウッドランズ・ヒルに設立した)での活動にさらに力を入れたいという気持ちもあったに違いない。

81年6月23日、アリスはウッドランズ・ヒル地区から自動車で10数分の距離にあるターザーナ地区にあるスタジオ“レッドウィング・サウンド”に赴いた。パブロ・クルーズ、トム・ジョーンズ、ヒューイ・ルイス&ザ・ニューズ、ティモシー・B・シュミット(イーグルス)らロック〜ポップス系ミュージシャンがよく使用した場所だ。エンジニアのベイカー・ビグスビーは、72年の『ロード・オブ・ローズ』以来、ほとんどのアリス作品で音録りを手がけた名手である。この『キルタン~トゥリヤ・シングス』が刻まれた81年といえば、再起不能説もあったマイルス・デイヴィス(アリスの亡夫ジョンは50年代半ば、彼のバンドで広く認められるきっかけをつかんだ)が6年ぶりのアルバム『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』で奇跡の復帰、飛ぶ鳥を落とす勢いだったジャコ・パストリアスが崩壊直前の美というべき『ワード・オブ・マウス』を発表、ほかにもチック・コリア『スリー・カルテッツ』、ジョン・ル―リーやアート・リンゼイによる“ラウンジ・リザーズ”の同名ファースト・アルバム、菊地雅章の米国レーベル契約第1作『ススト』が出るなど、ジャズ界がグツグツ煮えたぎっていた豊穣の時。そうした頃、アリスがひとりカリフォルニアで静謐なスピリチュアル・ミュージック(彼女は“宗教音楽”という括りを好まなかったとされる)を紡いでいたのは実に興味深い。
 

 

『キルタン~トゥリヤ・シングス』のジャケット・デザインは、アリスの旧インパルス盤とは対照的だ。かつて、かなりの割合で使われていた燃えるような赤に替わって、おだやかな青が基調となっている。気高さすら感じさせる肖像画は、日本でもいくつものコラボレーションTシャツが発売されているオーガスティン・コフィ―が担当。見た目の迫力はどうしたところでCDよりLPが有利だ。盤はずしりと重く、封入ブックレットの文字も大きい。センター・レーベル(レコード盤中央の曲名等が書いてあるところ)は、インパルスが創立時から67年まで続けていたデザインを彷彿とさせるものの、かつてのオレンジと黒のコンビネーションにかわり、今回は『キルタン~トゥリヤ・シングス』のメイン・カラーであろうグラデーションの利いたブルーと、黒がコンビを組んでいて、それだけでもずいぶん印象が異なる。ぼくはレコードをターンテーブルに載せた後も、33回転で動くセンター・レーベルの青と黒にしばらく見入ってしまった。CDは全10曲が一気に楽しめるが、LPは1枚目の各面に3曲、2枚目の各面に2曲ずつ収められている。マスタリングは名門“スターリング・サウンド”のケヴィン・リーヴス。

 


アリスのヴォーカルがフィーチャーされた作品はこれが初めてなのだが、“どうしてこれまで歌のレコーディングをしなかったのですか”と今からでも天に向かって尋ねたくなるほどだ。再生ボリュームをあげると、左手が紡ぐオルガン低音部の重厚な和音がいっそう心地よい(いわゆるモダン・ジャズ・オルガンのような左手によるベース・ラインは登場しない)。歌唱はほぼサンスクリット語だが、ブックレットには英語の歌詞も掲載されているので、参照していただけると幸いだ。シータ・ミシェルとラヴィによる、「アーティスト/母」、「アリス・コルトレーン/トゥリヤサンギーターナンダ」像がたっぷり描かれた寄稿文も実に読み応えがある。


(作品紹介) 
ALICE COLTRANE / KIRTAN~TURIYA SINGS 

発売中
https://store.universal-music.co.jp/product/3593976/