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「とんでもない才能」ジェイムズ・フランシーズが送り出した新作『Purest Form』とは


(C)Shervin Lainez


 アメリカのヒューストンにHigh School for the Performing and Visual Arts (通称HSPVA)という高校がある。1971年設立のこの学校は音楽からダンス、演劇、絵画や彫刻、映像、執筆など、総合的なアート系の教育を行っている。ここからR&Bシンガーのビヨンセをはじめ、ジャズ・ピアニストのロバート・グラスパー、ジェイソン・モラン、ドラマーのクリス・デイヴ、ジャマイア・ウィリアムスといったミュージシャンが輩出されたことで、大きな注目を集めた。他にもケンドリック・スコット、ウォルター・スミスⅢ、マイク・モレノなど、2010年代のジャズシーンを代表する数多くの才能が輩出され、ヒューストン人脈がシーンを席巻たこともあり、ジャズ・ファンの間では比較的よく知られている。

 そのHSPVAからまたとんでもない才能が出てきて、話題になったのが2018年ごろ。若干23歳でジャズの名門ブルーノートから『フライト』でデビューしたジャズ・ピアニストのジェイムズ・フランシーズは圧倒的なテクニックのピアノでシーンを驚愕させた。その特徴は左右の手の完全な分離と、利き手ではないほうの左手の自由さとパワフルさ。ブラッド・メルドーに象徴されるように、これまでにも左右の手を自在に操るピアニストが存在したが、その中でも特に高いレベルで演奏できるのがジェイムズの特徴で、左右の手のコンビネーションで2つの旋律を組み合わせたり、左手でベースラインを奏でたりといった演奏だけでなく、片手をピアノに、もう片方の手をシンセに振り分けて、全く異なる人物がそれぞれの感性で演奏に参加しているようなプレイをする。それは左右の手の自由さというよりは、まるでそれぞれの手にそれぞれの脳があり、それぞれの人格があるようにさえ思える。そんな個性をシーンが放っておくわけはなく、パット・メセニーや現代最高峰のテナーサックス奏者クリス・ポッターがジェイムズ・フランシーズを起用。クリス・ポッターは自身のサックスにエリック・ハーランドのドラムを、メセニーは自身のギターとネイト・スミスのドラムを組み合わせ、2人ともベースレスのトリオ編成でジェイムズの左手がより自由に動けるスペースを作り、彼のその強力な演奏を活かすことを中心に据えたプロジェクトをやっていたことは、ジェイムズ・フランシーズの衝撃を端的に示していると思う。

 


(C)Shervin Lainez


 そのジェイムズがデビュー作としてリリースした『フライト』がこれまたすごかった。なんせロバート・グラスパーよりも16歳年下だ。この20年、ジャズ・ミュージシャンたちがネオソウルやヒップホップとの挟間で試行錯誤してきた成果がすでに基礎のひとつとなっていることは「13歳のころからザ・ルーツのような音楽をやっていて、19歳の時にグラスパーの推薦がきっかけでザ・ルーツと仕事をした」という本人の証言からもわかるだろう。だから彼はヒップホップの影響も受けているが、それと並行して、セロニアス・モンクもゴンサロ・ルバルカバもストラヴィンスキーもプロコフィエフも音楽の中に入っていて、それらがオーガニックに混ざり合っている。打ち込みっぽいビートもエッセンスのひとつで、それも即興演奏の中でどんどん変化していくし、その上では対位法的にいくつもの旋律が流れていて、その流れはスルーコンポジション的にひとつのストーリーを描く。その中にはサンプリング&ループ的な構造もあれば、リゲティのような高度なアコースティック・ピアノの演奏に大胆なエフェクトを噛ましたりもする。これはちょうど同時期にシーンに出てきた同世代のヴィブラフォン奏者ジョエル・ロスにも思ったことだが、明らかに何かこれまでには見られなかった感性による得体のしれないものが生まれようとしているのを感じさせるのが、ジェイムズ・フランシーズの音楽だ。

 そのジェイムズの2作目が『Purest Form』。ドラムはジェイムズの幼馴染で、ジョエル・ロスのグループにも欠かせないジェレミー・ダットン。ベースはジャズだけでなくコモンやリアン・ラ・ハヴァスなどにも起用されるバーニス・トラヴィス2世(b)。ギターにHSPVAの大先輩マイク・モレノ、ヴィブラフォンに同世代のジョエル・ロスとこの辺りは前作と同じメンバーだ。

 


(C)Shervin Lainez


 そこに同世代の新鋭でブルーノートからもリーダー作を発表しているアルトサックス奏者イマニュエル・ウィルキンス。グラスパーの盟友でR&Bシンガーのビラル。新鋭のR&Bシンガーでスティーヴ・レイシーとコラボしたり、ストーンズ・スロウからのリリースもあるペイトン、ブラストラックスにも起用されるシンガーのエリオット・シャープなどが加わった。実はジョエル・ロスとイマニュエル・ウィルキンス、ビラルを除き、そのほとんどがテキサス、もしくはヒューストンの出身者。ここに収録されている「713」がヒューストンで昔使われていた市外局番だったり、レペゼン・ヒューストン的な思いもあるようだ。

 前作は様々な意味でかなり“ジャズ的”だった。それは楽曲や演奏はもちろんだが、楽器の選び方や録音やミックスがそれを強く感じさせていたのかもしれない。アコースティックの楽器を中心にした編成で、音量がコントロールされたそれぞれの生演奏が同じ空間で交じり合うことにより生じる心地よさみたいなものが鳴っていたと思うし、作編曲の時点でそういったある種の“セッション”的な場での演奏が想定されていたように思う。アーロン・パークスやケンドリック・スコットらの延長にあるエレクトリックな楽器も混ざっているコントンポラリージャズの文脈と言ってもいいかもしれない。「Ain’t Nobody」「Reciprocal」「Dreaming」で何曲か、低音がかなり強く鳴っている曲もあったが、それらは例外的だったと言えるだろう。

 『Purest Form』に関しては、前作で例外的だったこれらの曲の質感に近いものになっているのが特徴だ。ブルーノート・レコードのオフィシャルのテキストによるとこのアルバムは一年半かけて制作され、プロデュースには自身の名前のみを記しただけでなく、ジョシュ・ギンタとジェイソン・ロストコウスキーの2人のエンジニアとの数か月のやり取りを重ねて、理想のサウンドに仕上がるようにミックスを施したことが書かれている。パワフルな演奏が慎ましくなっていた前作に比べると、本作ではダイナミックに迫ってくるようになっていることがわかるだろう。それが最もわかりやすいのは「My Favorite Things」。様々なフレーズやリフやリズムを緻密に組み合せ、バッキバキにエッジの効いた構成に書き換えられ、次々に驚くような展開が起こる。その中にたっぷりと用意された各奏者のソロは活き活きと躍動していて、それらもアレンジの一部としてまるでもともと書かれていたかのようにばっちりハマっている。『フライト』の時点ですでに顕著だったが、ジェイムズ・フランシーズの楽曲はバンドの全員がそのテクニックを存分に発揮し、誇示できるような作りになっていて、個々の演奏が強烈でありつつも、同時にアンサンブル=総体としても機能するようになっている。『Purest Form』では個々の演奏の輝きがより鮮明に浮かび上がっていて、ジェイムズをはじめ、ジョエル・ロス、イマニュエル・ウィルキンス、ジェレミー・ダットンといった新世代たちのすさまじさがはっきりと伝わるようになっている。

 


(C)Shervin Lainez


 これはジョエル・ロスやイマニュエル・ウィルキンスの作品にも通じるポイントだが、“コンポーザー”的な立場で“自分の演奏も楽曲の一部であり、無理に弾かなくてもいい”というような自身の音楽を完成させるためにある種の慎ましさはここにはなく、全員が演奏家としてのキャラクターを最大限に発揮させる構造が楽曲に組み込まれている。濃厚で強烈で情報過多でもどこか爽快感があったりするのが彼らの特徴かもしれない。個を出すことがエゴになり得ず、個が強く浮き出れば出るほどに楽曲がより輝くようなアピールができるセンスが個の世代にはある気がしている。そして、そんな個の強さをしっかりプレゼンテーションしているミックスがセットになると、ひたすらに清々しい。

 かと思えば、片手をピアノ、もう片手でシンセを演奏することも多いジェイムズのその音色やそれぞれのテクスチャーを演奏だけでなく、ミックスでも繊細に調整していて、楽曲ごとに異なるムードを作り上げるのに貢献している。ロック的なダーティーなサウンドから、リバーヴたっぷりの幻想的な世界、澄んだ音が鳴る天井が高く広いスペースでの演奏まで、曲ごとにその曲にふさわしい音像を選んでいる。その大胆さや、低音の太さなども含めた“非ジャズ的”な音作りも含めて、ジェイムズのこの2作での飛躍はロバート・グラスパーがエレクトリックなサウンドをジャズに持ち込んだ2009年の『ダブル・ブックド』から近作2019年の『ファック・ヨ・フィーリングス』くらいの違いがあると思う(※ちなみに同郷のグラスパーとの差異を書くとすれば、ジェイムズには90-00年代的なヒップホップ、R&B、ネオソウルの要素が希薄だということだろうか。)。

 2021年の段階でまだ26歳。2作目でここまで来た。シーンでも他にやっている人がいないような独自の路線が生まれ始めている。なかなかすごいものが出来上がってしまったが、彼の能力を考えれば、まだまだ通過点だろう。とりあえず、2021年のジャズ屈指の一枚にはなると思う。その上で、今後がさらに楽しみになる大きな飛躍が聴こえた一枚だった。

柳樂光隆(Jazz The New Chapter)


ジェイムズ・フランシーズ
『Purest Form』

好評発売中
https://jamesfrancies.lnk.to/PurestForm

1. Adoration
2. Levitate
3. Transfiguration
4. Blown Away Feat. Peyton
5. Rose Water Feat. Elliot Skinner
6. My Favorite Things
7. Stratus
8. 713
9. Melting
10. Where We Stand
11. Freedmen’s Town
12. Eyes Wide Shut Feat. Bilal
13. Still Here
14. Oasi