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設立60周年を迎えたインパルス・レコードが築いた音楽とメッセージ

文:青木和富



 当たり前のことだが、ジャズ・レーベルはプロデューサーの個性に負うところが大きい。名門インパルスは、言うまでもなくボブ・シールという存在抜きには語れない。インパルスの大きな特徴は、クラシック・ジャズから前衛ジャズまでカバーしていることだが、これこそシールのジャズの趣向そのものである。これは、ジャズにはスタイルやジャンルなどというものはなく、自由な音楽だという風に受け取られるかもしれないが、そんな観念的なものではなく、シールは、ダイレクトにその両方が好きなのだと言った方がすっきりする。


 シールは10代の頃からクラリネットを吹きバンド活動もしていたジャズ&ブルース・ファンだった。趣味が高じて、何と10代末にシグネイチャーというレーベルを起こし、コールマン・ホーキンスらの歴史的な録音もしている。ただ、この1940年代初頭以後、ジャズ界はチャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーらのビ・バップ時代に突入し、この変動は様々な混乱を引き起こした。簡単に言ってしまうと、実はこのジャズの新しい潮流は、ファンの間で、これまでの愛すべきジャズの世界を破壊するものと受け取られ、猛烈な反発を生んだのだ。今では想像できないかもしれないが、ビ・バップは、彼らにとってニューオリンズ以来のジャズの歴史の終焉というほどの意味があった。ビリー・ホリデイを見出し、カウント・ベイシーの出現に狂喜し、ベニー・グッドマンとスイング・ジャズの黄金時代を築き、さらにはチャーリー・クリスチャンを見出したCBSの名プロデューサー、ジョン・ハモンドは、ビ・バップに一切関心を示さず、その後もスイング系のアルバム制作にこだわった。こうして影の薄くなったハモンドだが、後年とんでもないビッグ・タレントをデビューさせる。ボブ・ディランやブルース・スプリングスティーン、これはこれですごい話だろう。
 ボブ・シールは、このハモンドに近い。インパルスのカタログを見ると、プレスティッジ、ブルーノート、リヴァーサイドといったレーベルに当たり前にあるビ・バップの流れのハードバップ、いわゆるモダン・ジャズのアルバムが少ないのだ。かわりにホーキンス、ベニー・カーター、ベン・ウェブスターなどスイング系のベテランを好んで録音していて、これこそシールの基本のジャズ感覚だ。


 一方、シールのインパルスの代表は何と言ってもジョン・コルトレーンであることは間違いない。そして、これもシールでしかできない仕事だった。
 インパルスの発足は1960年で、当初はクリード・テイラーがプロデューサーだった。翌年テイラーがヴァーブに移籍し、それを引き継いだのがシールである。コルトレーンとの契約はテイラー時代で、当時マイルスに次ぐ破格の契約金だった。すでに『マイ・フェイヴァリット・シングス』の大ヒットがあり、新興レーベルとしてはレーベルの顔になる才能への大きな投資は必要だったのだろう。
 コルトレーンのインパルス初期のアルバムには、その生涯で不思議な輝きを放つ、ある意味奇跡的な作品群がある。それはデューク・エリントンとの共演作、ジョニー・ハートマンとの共演作、そして、何と言ってもバラード集だ。振り返ってみると、これらはシールなしでは生まれなかったのではないだろうか。過激のイメージが先行するコルトレーンだが、そのバックは大きなジャズの世界に支えられている証拠となりえる重要な記録だろう。この時代、コルトレーンはマウスピースに問題を抱えていたという話があるが、そうであってもクラシック・ジャズが大好きなシールが推し進めたこれらの(ある意味、無理やりな)企画は、結果的にその大切な表現の懐の深さのようなものを掘り起こしている。そして、コルトレーンは、そこから一気に坂を上り始めるのだ。


 ボブ・シールは、クラシック・ジャズが好きだが、保守的な男かというと、実はそうではなく、まったくその逆をいくところが面白い。この1960年代という時代に吹き荒れた嵐のような熱気を、シールはそのまま受け止め、むしろ、その熱風にのるように動き始めるのだ。クラシック・ジャズの骨太な情感をそのままダイレクトに受け止めた男だから、これは当然という風に考えてもいい。政治的には左派といっていい。ただ、これは日米の環境が全く違うからそのまま当てはめるととんでもない間違いがおこる。
 とにかくこの時代の反体制の動きに乗って、インパルスは、新時代のジャズをモットーとしたのだ。ジャケットには、「ジャズの新しい波はインパルスにある!」と掲げられた。そして、チャールス・ミンガス、マックス・ローチ、オーネット・コールマンらの意欲作、問題作が次々と出され、さらにアーチー・シェップ、ファラオ・サンダース、アルバート・アイラーらのフリー・ジャズのミュージシャンが送り出される。これらの中心には、むろん、この時代のコルトレーンの爆走の渦がある。それを身近に見ていたから、シールは、確信をもってこれらの事業を推し進めることができたのだろう。


 もし、この時代のコルトレーンの渦の中心はどこにあるかと言われれば、それはアルバム『アセンション』ではないだろうか。マリオン・ブラウンやジョン・チカイなどのフリーの新世代とレギュラー・グループ・メンバーを統合したオーケストラルなこのグループ演奏は、無調の世界の扉を開いたと簡単に言えばそうなるけど、このカオスの世界は、単に自由な即興という言葉では片付かないずっしりと重いもの、人の前に立ちはだかるこの世界の根源的な何かをほのめかしている。

 

 ただ、1960年代にコルトレーンが行き着いたこの世界は、暗く重い世界だけではない。この時代、ボブ・シールは、個人的にもうひとつ大きな仕事を残している。それは、戦争批判のメッセージを込めたルイ・アームストロングの代表作『この素晴らしい世界』を創作したことである。このどこまでものどかで平和なサッチモの歌世界に浸っていると、インパルスのジャズが、このシールによって作られたことの幸運と幸福を感じる。

 



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