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【NEWEST ECM Vol.11】Cymin Samawatie, Ketan Bhatti / Trickster Orchestra

Cymin Samawatie, Ketan Bhatti / Trickster Orchestra



(文:原 雅明)


 トリックスター・オーケストラは、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の教育プログラムの一環として生まれたプロジェクトだが、他に類を見ない、ユニークで少しばかり複雑なオーケストラだ。23名に上る参加メンバーの国籍や文化的なバックグラウンドは多岐に渡り、多様な音楽性が絡み合っている。オーケストラの芸術監督を務めるのは、イラン人の両親のもとドイツで生まれ育ったシンガー、作曲家のシミン・サマワティと、インドで生まれドイツで育ったドラマー、パーカッション奏者のケタン・バッティだ。二人は、ECMからリリースしているカルテット、シミノロジーのメンバーでもある。サマワティを中心に2002年に結成されたサイミノロジーは、他にフランスで生まれたドイツ人ピアニストのベネディクト・ヤーネルと、ドイツ人ベーシストのラルフ・シュワルツがメンバーだ。まずは、このクロスカルチュラルなカルテットの話から始めたい。

 シミノロジーの音楽は、ペルシャ語の詩を中心にしたサマワティの歌と、アコースティックのピアノ・トリオのアンサンブルから成る。ECMからリリースされた3枚のアルバム『As Ney』(2009年)、『Saburi』(2011年)、『Phoenix』(2015年)では、室内楽的なジャズを基調に、イランやアラブ諸国、インドの音楽、それにクラシック音楽が即興的に混じり合っていた。ECM以前の作品を聴くと、コンテンポラリーなジャズに根差していることが分かるが、次第に各々のルーツを辿り、異なる言語、文化の間を行き来する音楽を探求し始めた。『As Ney』では、13世紀のペルシャの詩人ジャラール・ウッディーン・ルーミーの詩からイランの現代詩までが取り上げられた。音楽的には、ヤーネルのピアノを中心としたアンサンブルを形成し、曲によってはパーカッションとベースがトライバルなグルーヴを作り出した。また、『Phoenix』では、ヴィオラ奏者のマーティン・ステグナーを招き、サマワティのヴォーカルに追走して、声と弦楽器の対話を、東洋と西洋のメタファーとして配置した。

 


 シミノロジーは、複数の文化の間を緩やかに流動する音楽を作り出してきた。サマワティはイランの女性詩人、映画監督のフォルーグ・ファッロフザードを掘り下げることを続け(『As Ney』と『Phoenix』は彼女に捧げられた)、バッティは各種の古典楽器を現代のヒップホップやエレクトロニック・ミュージック由来のリズムに転用するプロジェクトも手掛ける。ヤーネルはニューヨークでジャズを学び、ECMからリリースしたピアノ・トリオでのリーダー作『Equilibrium』(2012年)と『The Invariant』(2017年)では、端正で洗練された中にも斬新な手法が伺え、E.S.T.を率いた故エスビョルン・スヴェンソンを彷彿させるピアニストでもある。シュヴァルツはブルースやロックのバックグラウンドがあり、オルガンやギターの演奏も経てジャズ・ベースに至った。彼/彼女らを結び付けるのはジャズだが、そこに異なる音楽も関与させてきた。それは、クロスオーヴァーを掲げてジャンルの境界を乗り越えるのではなく、繋がりを見出して音を紡いでいくアプローチだ。

 


 このシミノロジーに、そしてトリックスター・オーケストラにも見られる、複数の文化を繋ぐアプローチをリズム面に特化させた非常に興味深い作品が、バッティのソロ・アルバム『Nodding Terms』(2018年)だ。ベルリンを拠点とする現代音楽のグループ、アンサンブル・アダプターや、クラシックを出自とするミニマルテクノ/テックハウスのトリオ、ブラント・ブラウアー・フリックのメンバーも参加した作品で、室内楽とビート・ミュージックを慎重に共存させた。それは、よくあるジャンルの融合とは異なっていることを、バッティ自身がインタビューで説明している。

「私たちは“低く鳴り響くビートのある現代室内楽”というラベルを貼ろうと考えた。もちろん、一番簡単なのは“前衛的なヒップホップやエレクトロニック・ミュージックの影響を受けた現代室内楽”だろう。しかし、多くのプロジェクトがこのようなラベルを貼っている。“ヒップホップとクラシックの融合”、“クラシックとテクノの融合”......。自分の音楽と同じように聞こえるプロジェクトを実際に聴いてみると、いつも正反対で、少なくともこの種のクロスオーヴァーの試みの否定的な例になっているような気がする。僕にとっては、異なる表現方法、異なるジャンル、異なる文化の間のミメーシス(Mimesis)、つまり“ナーハアームング(Nachahmung)”が重要だ。そして、ナーハアームングとは、常に模倣以上のものを意味している。それは、変身、変容を意味し、自分の能力を生かして働くこと。もし、“何か他のもの”を真似して、それに夢中になれば、自分自身を変容させることができる。つまり、ナーハアームングは常に革新をもたらす」(※1)

 バッティは、現代室内楽とエレクトロニカの2つのジャンルの間にもある、真似るプロセスを喚起しようとしたのだという。これは哲学や芸術論におけるミメーシスについての抽象的な話ではなく、例えば、バッティが好むJ・ディラのクオンタイズされていないビートに人が呼応し、そのタイミングを真似して首を振ること(nodding)が、その慣習のない現代音楽にも及ぶ可能性があるという話だ。その可能性を探ることは、シミノロジーやトリックスター・オーケストラでのクロスカルチュラルな表現の根底にもある。

 トリックスター・オーケストラには、シミノロジーのシュワルツも関わり、他にも異なるフィールドから多数の演奏家が参加している。前述のヴィオラ奏者マーティン・ステグナー、ECMからギタリストのゴルファム・カーヤムとのデュオ作『Narrante』(2016年)をリリースしたテヘラン生まれのクラリネット奏者モナ・マトゥボウ・リアヒ、中国出身でベルリン在住の中国笙のソリストで作曲家のウー・ウェイ、シリア出身のネイの演奏家で作曲家のモハマド・フィッティアン、ベルリン在住のヴィブラフォン、マリンバ奏者の齊藤易子、フランクフルト在住の琴演奏家の菊地奈緒子、イラン出身のジャズ・ギタリスト、ウード奏者のマハン・ミララブ、トルコ出身のサウンド・アーティスト、インプロヴァイザーのコルハン・エレル、ドイツ人のジャズ・ピアニストのニコ・マインホルド、レバノン出身のテノール歌手のラビ・ラフード、ウクライナ出身のソプラノ歌手のスヴェータ・クンディシュ。その他、総勢23名のバックグラウンドから、バッティは共通の音楽言語を見出していった。そこにも、真似るプロセスがあると彼は言う。

 


「音符を読む人と読まない人がいて、楽器のチューニングの違いなど、様々な音楽のシステムや慣習が一つ屋根の下に集まっている。互いに協力し合おうとすると、自動的に共謀して模倣的な行為を行う、正確には真似るプロセスに入る。互いの伝統を理解し、翻訳しようとしながら、新しいものを生み出していく」(※2)

 そして、サマワティは、コーランやヘブライ語の聖書からトルコの現代詩まで、インスピレーションを得た言葉を拾って歌詞を作り、ペルシャ語だけではなく、ヘブライ語、トルコ語、アラビア語も使ったヴォーカル・パートを書いた。当然ながら、それらは伝統的なオーケストラのラインナップにはない歌を出現させる。そして、サマワティがコンダクターを務めた演奏は、ジャズ・オーケストラのスタイルを採りながらも、多様な音楽言語を飲み込み、音楽の外形を瞬時に、あるいはそれと分からぬほど緩やかに変化させていく。ティーザー映像で垣間見ることができる短い演奏風景からも、その有機性を感じ取ることができる。サマワティは、このオーケストラが「それぞれの音楽のバブルの外に出て、力を合わせて新しい集団的な音楽の世界を作り上げている」(※2)と説明する。バブル(泡)とは、コロナ禍で他者との関わりを減らして安全に暮らすために、家族のような少人数のグループを形成する「ソーシャル・バブル」に使われた言葉、概念でもある。演奏家が慣れ親しみ、支えられてきたジャンルやシーン、コミュニティの存在は、時にバブルにもなり得る。演奏家がその外に出るリスクを取ることで、オーケストラはまるで一つの有機体のようにスリリングに変化していく様を見せる。『Trickster Orchestra』は、その表現の記録である。

 



※1: https://www.chaindlk.com/interviews/ketan-bhatti/
※2『Trickster Orchestra』のプレスリリースより


(作品紹介)
Cymin Samawatie, Ketan Bhatti / Trickster Orchestra

https://store.universal-music.co.jp/product/355243/