COLUMN/INTERVIEW

【NEWEST ECM Vol.10】Thomas Strønen / Bayou

Thomas Strønen / Bayou



(文:原 雅明)


 2015年にECMからリリースされた2枚の対照的なアルバム『Time Is A Blind Guide』と『This Is Not A Miracle』には、2000年代以降の北欧ジャズを代表するノルウェーのドラマー、トーマス・ストレーネンの音楽性がよく顕れていた。『Time Is A Blind Guide』はストレーネンのリーダー作であり、自身が新たに率いたアンサンブルの名前でもある。『This Is Not A Miracle』は、彼とイギリスのサックス奏者、イアン・バラミーとのユニット、Foodによるアルバムだ。一方は、イギリスのピアニスト、キット・ダウンズらを擁したアコースティックのみのサウンドで、もう一方は、オーストリアのギタリストでエレクトロニック・ミュージックのプロデューサーでもあるクリスチャン・フェネスも参加して、エレクトロニクスとグルーヴにフォーカスしている。

 



 トランペッター、アルヴェ・ヘンリクセンと、ベーシスト、マッツ・アイレットセンを加えたカルテットとして90年代末に結成されたFoodは、ノルウェー・ジャズの新世代の台頭を世に知らしめた。ECMの音作りと共に歩んできた北欧ジャズの伝統と、90年後半のポストロックやエレクトロニカの潮流がクロスするところに、新しいムーヴメントと呼んでいいサウンドが登場した。その一翼を担ったのがFoodであり、受け皿となったレーベルがRune Grammofonだった。80年代のニューウェイヴ・シーンで人気を博したフラ・リッポ・リッピでの華やかな活動から離れて、ルネ・クリストファーセンが立ち上げたRune Grammofonは、キム・ヨーソイが一貫してアートワークを担当し、ECMが流通をサポートすることで、レーベルとしての基盤を築き上げた。

 ストレーネンはFoodと並行して、大学で共にジャズを学んだキーボード奏者のストーレ・ストールロッケンとの実験的なデュオ、ハムクラッシュの活動も続け、サンプラーやシンセサイザーを多用し、アコースティックでは作り出せないグルーヴやテクスチャーを追求した。Rune GrammofonからFoodやハムクラッシュが紹介された2000年代は、ECMが次世代のエレクトロニック・ミュージックやその周辺にある音楽/音楽家と接点を持ち始めた時代でもあった。また、ストレーネンは、ピアニストのボボ・ステンソンを迎えたスウェーデンとノルウェーのプレイヤーから編成されたグループ、パリッシュを率いて、2005年にECMから初リーダー作『Parish』をリリースしている。このアルバムではフードやハムクラッシュでの演奏とは打って変わって、アコースティックのみの室内楽のようなジャズを展開した。

 そして、Foodは2010年にECMからのデビュー作『Quiet Inlet』をリリースした。録音には、フェネスと、ストレーネンらの先駆者と言えるトランペッターのニルス・ペッター・モルヴェルが参加した。バラミー以外の全員がエレクトロニクスも担当して、Rune Grammofon時代よりも、さらに有機的で洗練されたエレクトロ・アコースティック・インプロヴィゼーションを完成させた。それは、モルヴェルが『Khmer』(1998年)や『Solid Ether』(2000年)でECMにもたらしたサウンド・プロダクションを発展させるものでもあった。Foodの次作『Mercurial Balm』(2012年)では、モルヴェルの同士とも言えるギタリストのアイヴィン・オールセットやインディアン・スライド・ギターのプラカシュ・ソンタッククも加わった。ストレーネンは、当時のFoodの演奏について、こう述べている。

「多くの人は、僕たちが即興で音楽を作っていることに気づいていない。人は思い込みをするものだけど、僕たちの場合はほとんどすべてが即興だ。強いフォームを持つ音楽は、作曲のように聞こえることがある」(※1)

 ストレーネンは、Foodにおいて、テクスチャーの探求、叙情的で非イディオマティックな即興演奏、ミニマルなセッティング、強いパルスやサウンドスケープなどを共有できるプレイヤーとの演奏の重要性を指摘する。Foodに参加するゲスト・プレイヤーには、これらのすべてのセンスの共有が求められるのだという。そして、ストレーネンがFoodで作り上げた音楽は、前述の『This Is Not A Miracle』によって、一つの到達点に至ったと言える。このアルバムでは、ストレーネンとバラミー、フェネスのシンプルなトリオ編成で、驚くような多彩なテクスチャーと複雑で躍動感のあるグルーヴを即興によって生み出した。それは、70年代から形成されてきた北欧ジャズの即興演奏と、90年代に飛躍的な発展を遂げたエレクトロニック・ミュージックが、様々な試行錯誤を経て、一つのストラクチャーの中に展開された希有な成功例となった。

 このアルバムとほぼ同時期にリリースされた、ヴァイオリン、チェロ、ベースのストリングスとピアノ、ドラム、パーカッションの編成によるTime Is A Blind Guideの『Time Is A Blind Guide』では、ストレーネンによる作曲が演奏のガイドラインとなっていた。そして、これ以降、ストレーネンはエレクトロニクスを意識的に避けたアコースティックの演奏と作曲へとシフトしていった。フードでの自由度の高い即興演奏を経てきたことが、その背景にはあった。

 



「若い頃は、高度なリズムのアイディアに基づいた音楽を演奏するバンドで演奏していた。ある時点でそれを手放し、より自由でオープンな音楽を演奏していたが、このアンサンブルではそれが変容して戻ってきた」(※2)

 Time Is A Blind Guideとしてのセカンド・アルバム『Lucus』(2008年)では、ストレーネンの作曲はより空間を意識し、ノルウェー在住のピアニスト、田中鮎美を招いて、即興演奏に重点が置かれていった。ストリングス・トリオとピアノ・トリオがスリリングに入れ替わっていくような演奏を聴くことができる。ストレーネンは、Foodのオリジナル・メンバー、マッツ・アイレットセンのアルバム『And Then Comes The Night』(2009年)でも、クリシェを巧妙に避けつつ、アコースティックのピアノ・トリオの演奏に徹した。

 



 ストレーネンの最新作『Bayou』は、田中鮎美のピアノと、ノルウェーのマルチ奏者、インプロヴァイザーのマルテ・レアのクラリネット、ヴォーカル、パーカッションによる録音だ。これはTime Is A Blind Guideを経て、オープンフォームのリハーサルとサウンドリサーチのプロジェクトとして取り組まれたものだという。

「現代音楽、民族音楽、ジャズなど、インスピレーションを受けたあらゆる要素の間を行き来した。とても静かでミニマルな音楽になることもあれば、その逆のこともあった。一緒に演奏することで、特別な体験をすることができたのだ」(※3)
 



 このトリオでの演奏は、フリーフォームな中で絶妙なセンスの共有を成立させたフードとも、作曲と即興のアンサンブルを追求したTime Is A Blind Guideとも異なるプラットフォームで展開される。アルバム・タイトル曲はノルウェーの民謡をベースとしている。リーは幼少期から民謡に親しみ、その歌唱法をフリー・インプロヴィゼーションに発展させた。ストレーネンは、そうした彼女のバックグラウンドをトリオに反映させる。日本で3歳からクラシック音楽の教育を受けた田中に対しても、同様の関心を寄せる。現代音楽の作曲を学び、スウェーデンとノルウェーに移住して、即興演奏の研究も始めた彼女のバックグラウンドと生まれ育った文化からのフィードバックを演奏に汲み入れていく。結果として、このトリオは、まだ明確に定義をすることができず、捉え難く、しかしながら魅力的な音楽の可能性を出現させた。あるインタビューで、静謐で広々としてエコーのかかったと形容されるような北欧ジャズのコンセプトの限界を問われて、ストレーネンが答えたことは、『Bayou』の音楽を的確に言い表している。最後にその言葉を紹介したい。

「静かで叙情的な演奏による空間は、良い音楽にはならない。往々にして安っぽくなってしまう。音楽がオープンで静かで広々としていればいるほど、ドラマトゥルギーやダイナミクス、抵抗が必要になる。音楽は、空間の中で動く必要がある。空間とブレイクの間には大きな違いがある」(※4)


※1『Mercurial Balm』のプレス・インフォより
※2『Time Is A Blind Guide』のプレス・インフォより
※3『Bayou』のプレス・インフォより
※4 https://www.allaboutjazz.com/thomas-stronen-sense-of-time-by-enrico-bettinello.php


(作品紹介)
Thomas Strønen / Bayou

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