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アルゼンチンの異色デュオ、カンデ・イ・パウロとは何者か?YouTubeから世界的に話題となり名門デッカと契約を果たした、”現代のシンデレラ・ストーリー”


コントラバスを弾きながら歌う美女。そんな動画がバズったのは単なる偶然かもしれない。しかしそこから華々しくワールド・デビューに漕ぎつけられるのは、実力があるからこそ。カンデ・イ・パウロは、いわば現代のシンデレラ・ストーリーを体現したアーティストかもしれない。

ヴォーカリスト兼コントラバス奏者のカンデ・ブアッソと、キーボード奏者のパウロ・カリッソよるデュオ・グループ、カンデ・イ・パウロの結成は2017年。彼らはアルゼンチン北西部の都市サン・フアンを拠点にするミュージシャンだ。パウロはカンデが10代の頃にピアノを教えていたというから、いわば先生と教え子の組み合わせである。しかし、パウロはサン・フアンを出て首都のブエノスアイレスでミュージシャンとして活動。数年の後、地元に戻って再会し、2017年にシネ・テアトロ・ムニシパルという劇場の企画で共演したのがきっかけだった。この時の共演映像が200万回以上の再生数となり、一躍注目を集めたのである。ちなみにこの映像はその後更に再生数を伸ばし、1200万回を超えてなお視聴され続けている。

 


彼らの出身地であるアルゼンチンは、南米大陸の中ではブラジルに次ぐ規模の音楽大国である。タンゴやフォルクローレで知られるが、それら以外のジャズ、ロック、エレクトロニカなど様々なジャンルでもワールドワイドで活躍するミュージシャンが多数存在する。とはいえ、大抵はブエノスアイレスの音楽シーンで基盤を築くのが通常であるが、なかにはカンデ・イ・パウロのように地方都市を拠点にしながら注目されるアーティストも徐々に増えている。それだけ地方の音楽シーンが活性化しているということだろう。とりわけ、彼らのようなアコースティック・テイストでミニマムな組み合わせのアーティストは非常に多く、良質な音楽をシーン全体で生み出し続けている。日本でもカルロス・アギーレやアカ・セカ・トリオといったアルゼンチンならではのアーティストがコアな音楽ファンの間で話題になったことがあったが、彼らもいわゆる地方都市で活動してきたミュージシャンだった。カンデ・イ・パウロはそういった角度から見てもアルゼンチンらしいアーティストといっていいだろう。

 


彼らの動画が注目を集めた理由は、もちろん赤いコスチュームを着た美しいカンデが、大きなコントラバスを弾きながら美声を聞かせてくれたからに違いないが、「Barro Tal Vez」という楽曲の力も大きいのではないだろうか。この曲はアルゼンチンのアーティスト、ルイス・アルベルト・スピネッタが1982年に発表した有名な一曲だ。スピネッタは日本ではそれほど知名度は高くないが、アルゼンチンでは知らない人がいないといわれる国民的なロックスターである。1960年代末にアルメンドラというロック・グループでデビューしたスピネッタは、2012年に62歳の若さで逝去するまで、膨大な数の名曲を残している。彼の特徴は繊細な歌声と哲学的な歌詞で、時代によってサイケ、プログレ、ニューウェイヴ、ハードロック、AORと様々なジャンルを縦断しながら、その個性を生かした音楽を作り続けた。「Barro Tal Vez」は彼の作品の中でも最高傑作の呼び声が高い1982年のアルバム『Kamikaze』に収録された一曲。仄暗いムードを持つスピネッタらしい楽曲で、多くのミュージシャンによってカヴァーされており、スピネッタの代名詞的といってもいいだろう。カンデ・イ・パウロの動画も、スピネッタのトリビュート企画のひとつだったようだ。

いずれにせよ、この曲が注目を集めたことでワールド・デビューが決まり、名門レーベルであるデッカと契約する。そして2020年に名匠ラリー・クラインのプロデュースによって再度この「Barro Tal Vez」をレコーディングし、デジタル・リリースされた。ラリー・クラインは、もともとベーシストとしてジャズの世界で活躍していたが、徐々にプロデューサー業へとシフトチェンジ。ジョニ・ミッチェル、マデリン・ペルー、メロディ・ガルドーなどを手掛けたことで知られている。いわゆるジャジーなポップを得意としているので、カンデ・イ・パウロにとってはこれ以上ない理解者なのではないだろうか。実際、ラリーがプロデュースした「Barro Tal Vez」は、シンプルながら深みのあるアレンジと、落ち着いた中にもエモーショナルに表現する歌のバランスが非常によくできている。カンデ・イ・パウロの特性を見事この一曲に落とし込んだといえる。

 


カンデ・イ・パウロが「Barro Tal Vez」に続き、ラリー・クラインのプロデュースのもとで作り上げた楽曲が「Treaty」だ。この曲はカナダの重鎮レナード・コーエンが2016年に発表したアルバム『You Want It Darker』に収められた一曲だ。レナード・コーエンも1960年代から活躍するシンガー・ソングライターで、“カナダのボブ・ディラン”といわれることもあるほど大きな影響力を持つ音楽家であり詩人だ。独特のしわがれ声で歌う言葉はとても説得力があり、ジェフ・バックリィやk.d.ラングがカヴァーして有名になった代表曲「Hallelujah」は、音楽ファンならどこかで耳にしたことがあるのではないだろうか。「Treaty」も「Hallelujah」に通じるどこか賛美歌やゴスペルに通じる深遠かつ切ない雰囲気の一曲で、カンデ・イ・パウロのシンプルなスタイルに良く合っている。この楽曲をチョイスしたセンスはさすがとしかいいようがない。

 


カンデ・イ・パウロが3曲目にリリースしたのは、スタンダード・ナンバーの「Summertime」である。米国の作曲家ジョージ・ガーシュインがオペラ『ポーギーとベス』の劇中歌として作曲し、ビリー・ホリデイの名唱によって広まったこの曲は、ジャズだけでなくジャニス・ジョプリンのようなユニークなカヴァーまで含めると様々なスタイルで歌われている。ここまでの有名曲を取り上げるには多少のリスクとプレッシャーがあるはずだが、カンデ・イ・パウロのヴァージョンはこれまでの2曲とはまた雰囲気の違うジャジーで軽快なリズムに乗せたナンバーに仕上げている。おそらく彼らの基盤となっているであろうジャズのテイストを全面に押し出したといえる。このあたりもラリー・クラインの絶妙なさじ加減といっていいだろう。

 


2021年に入ってから発表されたカンデ・イ・パウロの新曲「Limite En Tu Amor」は、再び彼らのシンプルでアコースティックなテイストを生かした一曲である。この曲はカナダのシンガー・ソングライター、ファイストが2007年に発表したアルバム『Reminder』に収められていた「The Limit To Your Love」のスペイン語ヴァージョン。ジェイムス・ブレイクが2010年のデビュー・アルバム『James Blake』でカヴァーしていることで知った方も多いだろう。カンデのハスキーな歌声は少しファイストに通じるものがあるが、楽曲全体の雰囲気はジェイムス・ブレイクのヴァージョンにも近い。この選曲もカンデ・イ・パウロの繊細な表現力を伝えるには的確だといえる。

 


現時点でカンデ・イ・パウロがオフィシャルでリリースした楽曲は以上の4曲のみなので、まだ全貌を表したとは言い難い。ただし、彼らのYouTubeチャンネルにはビリー・アイリッシュの「Therefore I Am」をカヴァーした動画があったりするし、今後も少しずつ増えてくることを期待したい。いずれにせよ、彼らがブレイクしたのはYouTubeなので、動画やSNSを効果的に使いながら、今現在の音楽シーンで活躍していくことが予想される。

コントラバスを弾くヴォーカリストと、コンポーザーでもあるキーボード奏者という組み合わせはこれまでにいそうでいなかったので、ブレイクした理由としてはビジュアル的な物珍しさは多少あるかもしれない。しかし、それ以上に彼らの発信する楽曲がこの組み合わせならではの特性を上手く表現しているのも、広く支持された理由だと思う。パウロによるアレンジはきらびやかさとは無縁で素朴な味わいだ。しかしその中で、キーボードのコード感を大切にしながらも、コントラバスのボトム感で落ち着いた雰囲気を作り上げているのは巧い。ジャズが基盤ではあるが、どこかクラシカルなチェンバー・ポップという趣も感じられるのが新鮮だ。このあたりはもしかしたらプロデュースを担当したラリー・クラインの指向性なのかもしれないが、カンデの表情豊かな歌声はそのサウンドの上でしっかりと存在感を示し、しっとりしたイメージだけでなく、ドラマティックに歌い上げたり、可憐で切ない表情を見せたりと、まだまだ大きな広がりを見せる可能性を感じさせてくれる。

 



今後近いうちにアルバムがリリースされるだろうが、きっとまだ発表されていない新曲からは新たな驚きを感じるに違いない。これまでの流れのように通好みの楽曲が選ばれるのか、あっと驚く有名曲を選んでくるのか、それともオリジナル楽曲も入ってくるのか。そして、一曲一曲のアレンジや表現方法はどのようなものなのか。さらにアルバムというひとつの形になると、彼らのアーティスト性はどのように浮き彫りになるのか。早く全貌を確かめたいという欲求に駆られるアーティストである。きっと動画をチェックしたリスナーも同様の気持ちで待ち望んでいるだろう。

YouTubeでブレイクしたというと、薄っぺらい印象を受けるかもしれないが、カンデ・イ・パウロのような良質なアーティストが登場してくるのならSNSの時代も捨てたものではない。しかも欧米ではなく、南米アルゼンチンの地方都市のシーンから突如現れて、スターダムにのし上がるのであれば、これほどわくわくすることはない。それまでは新曲がリリースされることを日々チェックし、ファースト・アルバムのリリースを心待ちにしたいと思う。

 

2021年3月
栗本斉(旅&音楽ライター/選曲家)
 


■カンデ・イ・パウロ (Cande y Paulo)プロフィール
アルゼンチン北西部サン・フアンのキーボード奏者/コンポーザーでありサン・ファン国立大学教授・研究家のパウロ・カリッソ (Paulo Carrizo)と、女性コントラバス奏者・歌手のカンデ・ブアッソ (Cande Buasso)とのデュオ。2人が初めて共演したのは2017年、詩人でありアルゼンチン・ロックの伝説であるルイス・アルベルト・スピネッタの名曲「バロ・タル・ベス」(Barro Tal Vez)をカバーした映像だった。
地方のシアターで撮影されたその動画がYouTubeで1,000万再生を突破し、コントラバスとキーボードという珍しい組み合わせも話題を呼んで一躍注目を集める。
その2年後には、ラリー・クライン (ジョニ・ミッチェル、ボブ・ディラン、ハービー・ハンコック)のプロデュースによりロサンゼルスにてデビュー・シングル「バロ・タル・ベス」をレコーディング。カリッソのアレンジメントとブアッソのヴォーカルがエモーショナルに絡み合った比類なき出来栄えとなっている。
2人の関係は意外にも遥か昔まで遡る。2人の地元であるサン・フアンにはレコード会社が存在しないが、インディ・ミュージック・シーンは活況を呈しており、ブアッソはその状況を「大きなファミリー」と表現している。2人が出会ったのはブアッソが15歳の時で、マルチ奏者でありアレンジャーでもあるカリッソが彼女にピアノレッスンをしていた。
それから数年にわたりキーボーディストとしてブエノスアイレスの音楽シーンで名を馳せていたカリッソ。その後地元であるサン・フアンに戻り、かつての教え子だったブアッソに再び出会うこととなる。彼女は独学でオペラとジャズを学び、ヴォーカルとコントラバスのコンビネーションをマスターしていた。2人は音楽とは関係ない様々なことについても議論し、笑い合う時間を過ごしたが、それが彼らの音楽の密接性を築き上げることにもなった。
ブアッソはこのデュオについて、「チャレンジの連続だけど、楽しいわ」と語っている。「カリッソが『これは出来る?』というから私が『ええ』と答える、そしてそれが上手くいくーー全てが自然と生まれてきて、驚きの連続だわ」


■リリース情報
カンデ・イ・パウロ ニュー・シングル「Limite En Tu Amor」
https://jazz.lnk.to/CandeyPaulo_LETA

■カンデ・イ・パウロ リンク情報
ユニバーサル・ミュージック: https://www.universal-music.co.jp/cande-y-paulo/
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