COLUMN/INTERVIEW

【DIGGIN’ THE VINYLS Vol.1】

Sarah Vaughan / Sarah Vaughan (with Clifford Brown)



(文:原田 和典)


名門レーベルが誇る文化遺産を、望みうる最高品質のLPとして現代に蘇らせる“Acoustic Sounds Series”。その第4弾が早くも登場した。

今回選ばれたのは、ジャズ・ヴォーカルの聖典、『Sarah Vaughan』だ(邦題『サラ・ヴォーン・ウィズ・クリフォード・ブラウン』)。数限りなく再発が繰り返されてきたマスト・アイテムとはいえ、“Acoustic Sounds Series”の目指すところは初版レコードの復刻でもレプリカではない。オリジナル盤のシングル・ジャケットは厚みのあるコーティング・ダブル・ジャケットへと変わり、ジャケット内側には名写真家ハーマン・レナードが撮影した若き日のサラのポートレイト二葉が印刷されている。盤も180グラムとずっしり重く、ターンテーブルへの吸い付きも実にいい。パッケージを手にするだけで、なんだか工芸品を持っているような気分になる。むろん音質もすこぶるバランスが良い。ヴォーカルを囲むようにリズム・セクションがいて、そこから少し離れたところでホーン・セクションが伴奏をつけ、ソロになるとマイクに近づくべく一歩手前に出る・・・そんな図が浮かぶほど生々しいのだ。この遠近感、距離感、まさにモノラル録音の醍醐味といっていい。レコーディング・エンジニア(フランク・アビーあたりだろうか)の手腕、状態のいいマスター音源をおそろしく長い間保ち続けたレコード会社にも表敬したい。

先ほど“おそろしく長い間”と書いたが、録音はもう60数年前、1954年12月16日と18日の二日間にわたって行なわれている。サラ・ヴォーンは当時30歳、アール・ハインズ楽団の専属歌手だったころから数えると10数年のキャリアを持つ“若きベテラン”であった。「ダウン・ビート」誌の読者投票では47年から52年にかけて女性シンガー部門の首位に君臨(批評家投票ではエラ・フィッツジェラルドが常勝)、「メトロノーム」誌の読者投票では48年から53年にかけてウィナーだった。そしてバド・パウエルやマイルス・デイヴィスら当時最先端のジャズメンと共演しつつ、甘口のコーラスを従えた「ネイチャー・ボーイ」や華麗なスウィング系オーケストラと組んだ「アイ・ラヴ・ザ・ガイ」等をトップ・テンに送り込んでいた。

約5年間所属したコロムビア・レコードを離れたサラが、新天地マーキュリー・レコードに録音を始めたのは54年のことだ。そのころ同社は、ジャズに特化した別レーベル“エマーシー”を軌道に乗せようとしていたところだった。結果、サラはポップス寄りの楽曲をマーキュリー、ジャズ・プロジェクトをエマーシーから発表していく。むろんライヴ活動も絶好調で、7月に行なわれた第1回ニューポート・ジャズ祭のステージも、秋のヨーロッパ・ツアーも好評を博した。アメリカに帰るころには、ポップス路線のシングル「メイク・ユアセルフ・カンファタブル」がシングル・チャート6位まで上昇するヒットに。サラは人気・実力ともに一種の頂点を迎えていた。『Sarah Vaughan』は実り多き1954年を締めくくる一枚であると同時に、彼女にとって初の12インチ(30㎝)LPでもある。
 



リズム・セクションには、当時のレギュラー・メンバーであるジミー・ジョーンズ(p)、ジョー・ベンジャミン(b)、ロイ・ヘインズ(ds)をそのまま起用。そこにエマーシーの契約アーティストであるクリフォード・ブラウン(tp)とポール・クィニシェット(ts)、サラの好敵手カーメン・マクレエの伴奏者としても活動していたハービー・マン(fl)が加わる。アルバム・クレジットには未記載だが、カウント・ベイシー楽団のサックス奏者/アレンジャーとして頭角を現していたアーニー・ウィルキンスが編曲指揮を請け負ったときく。のちにアフロ・キューバン、ボサ・ノヴァ、スワンプ・ロック、レゲエにも取り組むハービー・マンの“超正統派”時代のジャズ・フルート・プレイもコレクターズ・アイテム的価値十分だが、やはりクリフォード・ブラウンのトランペットが放つ香しさは格別だ。サラは彼がR&Bバンド“クリス・パウエル&ブルー・フレイムズ”に参加していた当時から注目していて、いつか共演したいと思っていたという。しかもこのセッションはブラウンにとって、54年春から続いたロサンゼルス生活(彼はここでマックス・ローチと双頭ユニットを結成した)を終えて、本拠地ニューヨークに戻ってからの初レコーディングという記念すべき瞬間を捉えたものにもあたる。ローチとの演奏ではほぼ九割、オープン・トランペットによる妙技を聴かせていたブラウンが、本作ではミュート・トランペット中心のアプローチなのも実に貴重だ(使用しているのはカップ・ミュートであろう。マイルス・デイヴィスが愛用したハーマン・ミュートとは音色が異なる)。

サラは90年に亡くなってしまったが、リスペクトやラブ・コールは高まりこそすれ止むことなく、故郷のニュージャージー州ニューアークでは2012年から「サラ・ヴォーン・インターナショナル・ヴォーカル・コンペティション」も開催されている。今をときめくジャズメイア・ホーンを筆頭に、シリル・エーメ、クイアナ・リネル、ディーリー・ドゥーベイなどが歴代グランプリに輝く権威あるイベントだ。ここ十年くらいでジャズを好きになった方の中には、このコンペを通じて、サラ・ヴォーンの名前を知った向きもあるに違いないし、いざ聴こうとしたものの、あまりの作品数の多さに驚いてその先に進めなかった経験者もいるかもしれない。では、最初に何を選ぼうか?

いうまでもない。本アルバムだ。「バードランドの子守唄」における蝶の舞うようなスキャット、「セプテンバー・ソング」等のバラードに顕著なヴォイスとブレスの絶妙すぎるほどのコントロール、“声の出るリズム楽器”といいたくなるほど躍動的な歌唱を聴かせる「イッツ・クレイジー」などなど、まったくこのLPのサラ・ヴォーンは超絶しっぱなしである。


(作品紹介)
Sarah Vaughan / Sarah Vaughan (with Clifford Brown)

発売中
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