WHAT’S NEW

ヒップホップ/R&Bの聴き方をも変えたムック本「Jazz The New Chapter」の出版5周年-現在進行形ジャズの最新コンピ『Jazz The New Chapter Ternary』

文:小熊俊哉

ムック「Jazz The New Chapter(以下JTNC)」の5周年を記念して、新しいコンピレーションがリリースされた。ユニバーサル ミュージックからのシリーズ3作目にしてCD3枚組ということで、3の数に基づく「Ternary」と名付けられた本作は、歴史の縦軸と横軸――100年を超えるジャズの歩みから、同時代における他ジャンルとの相互影響まで見渡しながら、ジャズが時代の音楽となった2010年代のハイライトを提示している。質とボリュームを兼ねた全34曲は流れも秀逸。ベスト・オブ・ベストな集大成であり、入門編としてもBGMとしても文句なしの内容だ。

それにしても、5年後まで「JTNC」の話をしている未来は想像できなかった。シンコーミュージックという出版社の見習い編集者だった僕が、初めて一冊丸ごと手掛けたのがこのムックの第1号である。それまで洋楽ロック誌に携わっていた僕は、書籍(ムック)のノウハウもなければ、そもそもジャズにも疎かった。なぜこんな本を作ることになったかといえば、監修の柳樂光隆が妙に自信満々だったせいだ。

右も左もわからない自分にできるのは、少しでもジャズっぽくなさそうな本に仕上げること。“21世紀以降のシーンを網羅した世界初のジャズ本”と大きく掲げ、従来のジャズ本を反面教師にデザインもこだわった。とにかく威勢がよさそうで、イメージをひっくり返すような本にすることに専念した。第1号の序文として、「現在のジャズについて書くこと。現在のジャズを語るうえで必要な、ジャズ以外の音楽についても書くこと。そして何より、20世紀のジャズの歴史にひれ伏さないこと」という一文が柳樂から届いたときは、思わずガッツポーズしてしまったものだ。今思えば、ロバート・グラスパーが2012年に『Black Radio』を発表したときと同じように、この本を作るうえで一番必要なものは"勇気”だった。

Robert Glasper 『Black Radio』2012年




結果的に、「JTNC」の第1号は重版連発のロングセラーとなる。すぐさま続編の制作にとりかかったわけだが、その過程でフライング・ロータス『You're Dead!』、ケンドリック・ラマー『To Pimp a Butterfly』、デヴィッド・ボウイ『★』など、「JTNC」の論考を証明するようなアルバムがジャズの外側から届けられたのは嬉しいサプライズだった。

Kendrick Lamar 『To Pimp a Butterfly』2015年




実際、今でこそジャズはトレンドとして再浮上し、音楽フェスからカルチャー誌まで引っ張りだことなっているが、5年前にそんな気配はなかったわけで、答えも参照元もないまま、ひたすら手探りで突き進んできたような気がする。だからこそ、いつも現在進行形のスリルに満ちていた。そして現在、シリーズは第5弾まで継続中。自分が監修したわけでもないのに、熱心な読者のみならず、有名ミュージシャンからも「読んでます」とよく声をかけられる。

「JTNC」がここまで愛されたのは、2010年代のジャズが活況に満ちていて、信頼できるガイドが求められていたからだろう。気鋭のプロデューサー/アジテーターとして、新しい夜明けをもたらしたロバート・グラスパーとブルーノート・レーベルを中心に、新しいジャズは拡張を遂げていった。その発展プロセスが「Ternary」にはハッキリと反映されている。

本作では3枚組のCDそれぞれに、個別のテーマが設けられている。Disc1では、「JTNC」の代名詞的サウンドとなったジャズ×ネオソウルの蜜月、J・ディラ的なよれたビートにフォーカス。『Black Radio』収録のアンセム「アフロ・ブルー」を起点に、ホセ・ジェイムズやクリス・デイヴ、デリック・ホッジといったグラスパーの盟友たちが続く。また、Qティップ×グラスパー、エリカ・バドゥ×サンダーキャットの共演曲など、ジャンルの外側からジャズ・ミュージシャンに接近した楽曲が違和感なく並んでいる点も注目したい。

個人的に感慨深いのは、Disc1の最後に収められたクリス・バワーズ「WonderLove」。ジャズ・ピアノの歴史を知り尽くし、インディー・ロックやR&Bも軽やかに跨ぐ1989年生まれのサラブレッドによる、震えるほど感動的な名曲だ。将来的にはポスト・グラスパー級の顔役になるかと思いきや、第91回アカデミー賞作品賞に輝いた『グリーンブック』のサントラを手掛け、映画音楽の世界で大出世している。こんなふうに、キャリア/シーンの移ろいを再認識するのも面白い。

Kris Bowers 「WonderLove」2014年




Disc1がブラックだとすれば、Disc2はさしずめホワイト。シンガー・ソングライター/インディー・ロック的な感性に基づき、スフィアン・スティーヴンス、トム・ヨーク、エリオット・スミスの楽曲を取り上げた一幕では、同時代的なメロディー/テクスチャーへの好奇心と、ノラ・ジョーンズ以降の内省的な歌心がリンクしている。さらに、岸田繁からオダギリジョーまで魅了してきたティグラン・ハマシアンや、新たな震源地となりつつあるUKのコメット・イズ・カミングによるエレクトロニックなアプローチや、次回のグラミー賞にノミネートされた挾間美帆による先鋭的アンサンブルも取り上げ、現代ジャズの多様性もアピールしている。

Tigran Hamsyan 「Erishta」2013年




The Comet is Coming 「Unity」2018年




挾間美帆 「Dancer in Nowhere」




そしてDisc3では、ジャズとアメリカ音楽の豊潤な歴史を、近年のナンバーを通じて逆照射している。「JTNC」といえばDisc1のようなサウンドを連想されがちだが、ジョン・バティステのブギウギ、ジェイソン・モランによるファッツ・ウォーラーへのオマージュ、グラスパーがマッコイ・ターナー風のピアノを弾いたケンドリック・ラマー「For Free」と続く流れは、過去から未来がやってくることを改めて教えてくれる。中盤に配置されたグラスパーのメドレー「J・ディラルード」が鳴り終わると、夕陽が沈みだすようにアメリカーナへと傾き、カサンドラ・ウィルソン〜ノラ・ジョーンズと続く味わい深いフィナーレが用意されている。

Jon Batiste 『Hollywood Africans』(2018年)




Jason Moran 『All Rise: A Joyful Elegy For Fats Waller』 (2014年)




こうやって見ていくと、もはやクラシックともいうべき名曲揃い。だが、「JTNC」に携わっていなければ、僕はこれらの音楽を素通りしてしまったかもしれない。もしそうだとすれば、2010年代に覇権を握ったヒップホップ/R&Bの聴き方も変わったはずだし、大袈裟ではなく音楽から卒業していたかもしれない。ここには、リスナーとしての価値観を揺るがすほどのサプライズが詰まっている。

このCDは、新しい歴史を楽しむための入り口だ。かつてないほどジャズが大きな存在感を持つ時代を、共に楽しもう。


■作品情報
VA /『Jazz The New Chapter Ternary』

発売中
品番:UCCU-1616/8
価格:\3.025(税込)
CDはこちら
https://store.universal-music.co.jp/product/uccu1616

【収録曲】
(CD1)
1. アフロ・ブルー / ロバート・グラスパー feat. エリカ・バドゥ
2. イッツ・オール・オーヴァー・ユア・ボディ/ホセ・ジェイムズ
3. ユー/Qティップ
4. ザ・リアル/デリック・ホッジ
5. ライジング・サン/黒田卓也
6. ラジオ・ソング/エスペランサ
7. ターン・ミー・アウェイ(ゲット・マニー)/エリカ・バドゥ
8. ブラック・ホール/クリス・デイヴ&ザ・ドラムヘッズ feat. アンダーソン・パーク
9. ブレイク・マイ・ハート/コモン
10. マーベラス/マーカス・ストリックランド・トゥワイ・ライフ feat. アキー・バーミス
11. ポムポム/BIGYUKI
12. オブ・ファイアーレ・フィーユ・ド・ラ・ヌーヴェル・オルレアン/クリスチャン・スコット
13. レイジー・デイズ/タンク・アンド・ザ・バンガス feat. ロバート・グラスパー
14. ワンダーラヴ/クリス・バワーズ feat. クリス・ターナー

(CD2)
1. トゥー・マッチ/ケンドリック・スコット・オラクル
2. ジ・イレイサー/クリスチャン・スコット
3. ユニティ/ザ・コメット・イズ・カミング
4. エリーシタ/ティグラン・ハマシアン
5. ビトウィーン・ザ・バーズ/テイラー・アイグスティ feat. ベッカ・スティーヴンズ
6. ア・ブルーミング・ブラッドフルート・イン・ア・フーディ/アンブローズ・アキンムシーレ
7. ダンサー・イン・ノーホエア/挾間美帆 feat. ネイト・ウッド
8. フリーダズ・ディスポジション/ジョエル・ロス feat. グレッチェン・パラート
9. ドラゴン/ホセ・ジェイムズ feat. ベッカ・スティーヴィンス
10. ホープ/リオーネル・ルエケ

(CD3)
1. ケナー・ブギー/ジョン・バティステ
2. 浮気はやめて/ジェイソン・モラン
3. フォー・フリー? -インタールード/ケンドリック・ラマー
4. プレイ・イット・バック/ドクター・ロニー・スミス feat. ロバート・グラスパー
5. J・ディラルード/ロバート・グラスパー
6. マオ・ナズ・ナッサ/ジェラルド・クレイトン
7. トラヴェリング・マーシーズ/ブライアン・ブレイド&ザ・フェロウシップ・バンド
8. スネア・ガール/ネルス・クライン
9. シルヴァー・ムーン/カサンドラ・ウィルソン
10. バーン/ノラ・ジョーンズ01. フリー・ユア・マインド Free Your Mind